フルカラースキンディスプレイの基盤になっているのが、両者が共同で開発した「伸縮性ハイブリッド電子実装技術」である。かつて固い板状の基板が主流だった電子回路基板だが、フィルム状のフレキシブルプリント基板の普及により、曲げたり丸めたりすることはできるようになった。しかし、フレキシブルプリント基板といえども繰り返しの「伸び縮み変形」はできない。
伸縮性ハイブリッド電子実装技術は、この伸び縮み変形が可能な、伸縮し、曲面に自由に追従できる電子回路基板の実現を目的に開発された。同技術で重要になるのが、伸縮変形に追従する電極配線の方式だ。従来の馬蹄型金属配線や伸縮Ag(銀)配線は、その素材の伸長時における電気抵抗の上昇や、繰り返しの伸縮時に断線しやすいという課題があった。また、伸縮性の高い基材上に、既存の剛直な部品を用いて電子回路を形成すると、柔軟性のある電極材料と剛直な部品の接合部が、伸縮時に蓄積する応力によって破壊されやすいという課題もあった。
今回開発した伸縮性ハイブリッド電子実装技術は、これらの課題を克服しており、柔軟な基材を曲げ伸ばししても抵抗値が変わらない電極配線を可能で、剛直な部品を実装しても伸縮時に断線しにくい工夫を盛り込んでいる。これにより、肘や膝に貼り付けた場合の基材の伸縮率を大幅に上回る伸縮変形に対応する。また、従来難しかった微細な電子回路も実現できる。従来方式で難しかった、1mm以下の配線電極幅も実現可能だという。
この伸縮性ハイブリッド電子実装技術の有効性の実証を兼ねて開発されたのが今回発表したフルカラースキンディスプレイである。実際に、130%までの伸縮配線の耐性評価試験を行い100万回以上伸縮させても電極の抵抗が変化しないことを確認している。
フルカラースキンディスプレイの実用化の方向性として染谷氏が挙げたのが、スマートフォンと相補的に用いる新たなコミュニケーションツールだ。同氏は「体の上にメッセージを直接表示することで、メッセージを送ってきた相手をより身近に感じることが期待できる。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により“リモート”や“非接触”が重視される中で、オンラインの良さを持ちつつ人と人とのつながりを保てる技術が期待されている。皮膚の上にさまざまな情報を表示するスキンディスプレイが、フルカラー化により表現力を増したことは大きな意味を持つ。今後は、スキンディスプレイによって次世代のコミュニケーションがどのように変わっていくのかを、科学的な根拠を蓄積し、実証していきたい」と説明する。
また、伸縮性ハイブリッド電子実装技術の実用化という観点では、身体に装着可能なバイタルセンサーなどのセンシングデバイスが先行する可能性が高い。前田氏は「センシングデバイスは既にPoC(概念実証)に取り組んでおり、できるだけ早い段階で試験販売できるようにしたい」と意気込む。
なお、曲げたり丸めたりできるフレキシブルディスプレイの技術としては有機ELディスプレイが挙げられることが多い。染谷氏の研究チームも、2009年5月と2016年8月に発表した研究成果では有機ELディスプレイを使用している。
一方、フルカラースキンディスプレイでは硬い剛直な部品であるLEDを用いている。この理由について染谷氏は「表示素子単体の耐久性や信頼性、寿命という観点でLEDは有機ELディスプレイよりも優れている。柔らかい基材の上に信頼性で劣る柔らかい表示素子を置くのではなく、信頼性に優れる硬い表示素子や部品を実装しても伸び縮みや変形を可能にするというのが、技術開発のコンセプトになる」と述べている。
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