マルエージング鋼について、さまざまな条件の変化に伴う造形特性の変化などを調べる研究も行っている。マルエージング鋼の材料粉末は積層造形装置メーカーから提供される。だが通常はメーカーからの詳細な条件に応じたデータなどの情報は提供されない。
一方加工する側にとっては、そういった情報が最も重要だと加藤氏はいう。成分の割合や条件を変化させることで、目的に合った物性を得たいと考えるからだ。「材料や工程の条件は、製品の付加価値と直結しているといえる。高い信頼性をもつ製品を作るためには、この辺りのノウハウをしっかり蓄える必要がある。それができなければ競争力を付けることは難しいだろう」(加藤氏)。
例えば図4のように、各種顕微鏡による微視組織の観察を行うとともに、レーザーの掃引速度や出力の条件と密度の関係を明らかにするなどの知見を得ている。
「このグラフにより経済的、性能的に最適な条件を知ることができる。指標が見えてきているという意味で貴重なデータだ」とあいち産業科学技術総合センター 共同研究支援部 試作評価室の野田正治氏は話す。
石川氏は「県の施設が場を提供することで、中小企業だけではなかなかできないことを実現しようとしている」という。企業にとっては、生産ラインの改善に直結する技術を得ることが望ましい。そのためには実際に現場で試してみることが重要だ。ただし5000万円の装置になると年間10億円の売り上げをもつ企業でも利益以上の価格になる。そのため県の所有する設備を使用してもらい、投資可能か判断できるまでをサポートしている。
またあいち産業科学技術総合センターには各種加工装置や分析装置などがそろっている。例えば樹脂3Dプリンタを使い、透明の樹脂で金型内の配管を可視化したモデルを作って社内の説得に使用するといったこともフォローしているという。
同センターにとってはプロジェクトのメリットを、「技術を各企業の現場で試せることが大きい」(加藤氏)という。またそうしなければ、なかなか実用化にはたどり着かないという。実際に参加企業では、ダイカストマシンに積層造形によるパーツを取り付けて使用し、温度変化を調べたり、成型品の品質について調べたりしている。目的がはっきりしているため、取り組みもスピード感が出ているという。
一方、大学は知見の整理の役割も担う。野田氏は「今は信頼性のあるモノづくりのためのプロセス条件を探っているところ。従来製法との関係はどうなのかといったことを深掘りしていくと、かなり先端的な研究内容になるのではないか」と話す。
加藤氏は「協力して取り組めば、製品に結び付くにしろ結び付かないにしろ、何かしらの結果が出る。知見を得られること自体が成果だといえる」と話す。知見を得れば、その後の導入や仕様の際にも生かすことも可能だ。
また自分たちで取り組むので、積層造形技術のよい点も悪い点もすぐに分かる。一般に3Dプリンタは何でもできるといわれるが、表面だけに応力が集中していないか、内部にボイドなど欠陥が入っていないかといったことは、実際に取り組んでみなければ分からない。
「若いプロセス技術なので整理しなければならない点はたくさんある。ただ成熟していないからこそ、それを活用する中小企業自身が使い、技術を吸収していく必要があるだろう。そうすることで本当に現場で使える技術になっていくと思う」(加藤氏)。
なお知の拠点あいち重点研究プロジェクトIIは、ロボット(次世代ロボット社会形成技術開発プロジェクト)、エネルギー(近未来水素エネルギー社会形成技術開発プロジェクト)、材料(モノづくりを支える先進材料・加工技術開発プロジェクト)の3分野に分かれている。紹介した積層造形による金型製造の取り組みは材料分野の研究テーマのうちの1つで、代表機関はメックインターナショナル、事業化リーダーはフジミインコーポレーテッド、研究リーダーは名古屋大学。
プロジェクトには2018年1月の時点で97の製造企業、16の大学、11の研究機関が参加する。第1期は5年の期間で、大学のシーズを企業で実用化するという方針で実施された。現在進行中の第2期(II)では、より産業振興に重点を置いた形で進められている。
プロジェクトの拠点となるのは、2005年日本国際博覧会(愛・地球博)の跡地につくられた「知の拠点あいち」である。同地にはあいちシンクロトロン光センターやあいち産業科学技術総合センターが設置されている。愛知県が所有する高性能の各種装置を集約している。
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