筆者が所属していたSAPは、世界に先駆けてデザイン思考を取り入れてきたことで知られている。ここからは、SAPにおけるデザイン思考導入の歴史を紹介しよう。
前述した通り、「デザイン思考」という言葉が登場したのは1980年代だが、アカデミックやビジネスに取り入れられ始めたのは、2000年前〜中盤だ。そして、SAPは早期からビジネスにおけるデザイン思考の重要性に着眼し、その研究に取り組んでいる。
SAPの共同創業者であるハッソ・プラットナー(Hasso Platner)氏は2003年、約39億円の私財を投じ、デザインコンサルティング会社「アイディオ(IDEO)」の創業者であるデビッド・ケリー(David Kelley)氏と共同で、スタンフォード大学のデザインスクールである「d.school」に投資した。
また、プラットナー氏はドイツのポツダム大学内にもデザイン思考の研究機関「ハッソ・プラットナー・インスティテュート」を設立し、イノベーションを生み出すデザイン思考の実践を教育の一環として取り込んでいる。
SAP社内でもデザイン思考は「コアバリュー」だ。その背景には、固定化されたビジネスモデルに危機感を持ち、プラットナー氏がイノベーションの必要性を訴えたことがある。過去においてSAPは、売上のほぼ全てをERP(Enterprise Resource Planning:企業資源計画)パッケージが占めていた。プラットナー氏はこの状況を打破すべく、SAPの開発部門にデザイン思考手法を取り込むように説得する。しかし、当時の経営者はデザイン思考を重要視していなかった。
その結果、プラットナー氏はSAPの中ではない“外側の組織”でデザイン思考を取り入れた製品の開発に着手する。そうして誕生したのが、インメモリデータベースの「SAP HANA」である。「SAP HANA」開発のコアメンバーとなったのは、D-schoolの学生やデザイナーとSAPの(一部)開発者だ。後編で詳説するが、デザイン思考のアプローチは、組織の在り方も大きく影響を及ぼす。
こうした紆余曲折の結果、SAPは「ERP一筋の一本足打法」からの脱却に成功した。2016年におけるSAPの売上は、その60%がERP以外の製品/サービスで占めるようになった。SAPでは現在、デザイン思考を「イノベーションを起こすための教科書」として位置付けており、営業部門のマインドセットや、社員に作業を指示するときの指針として活用している。
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