潜熱に関しては、液膜を表現できるEulerian Wall Film機能を使用した。釜に流入させるのは飽和蒸気のため、すぐに配管や釜の内側で熱を奪われて凝結し、液膜が発生すると考えられる。そのため、蒸気配管および釜の内側に液膜モデルを設定した。
以上の条件で解析を行い、各地点における実測とシミュレーションとの温度推移を比較したが、シミュレーションでは実測ほどに温度が上昇していないという結果になった。バスケットの断面について流体エリアと固体エリアそれぞれの温度分布を確認したところ、それらの温度差が大きく、固体温度がなかなか流体温度に追従していなかった。これにより、「蒸気の熱エネルギーが缶に適切に熱伝達できていないと仮定した」(西井氏)。原因としては、蒸気から缶への熱伝達率が適切ではないか、または缶に接触する際の流体の熱容量が小さいことが考えられた。
まず熱伝達率に関しては、蒸気から缶への潜熱に加えて、缶の横を蒸気が横切る際の対流熱伝達を考慮する必要がある。だが今回はバスケットを丸ごとポーラスモデルに変換したため、1つずつの缶の形状が再現されていない。そのため、ポーラスモデルと対流熱伝達の潜熱を組み合わせる新規のユーザー定義関数(UDF)を作成した。
流体の熱容量が小さいことに関しては、釜に蒸気を入れる際に、当初は乾燥空気と蒸気の2層だけを設定していた。だが実際は、蒸気が空気に冷やされるとミスト化し、流体に運搬されるのではないかという仮説を立てた。その場合、水は蒸気よりも熱容量が大きいため、流体の熱容量が向上し、缶に伝える熱量も増加すると考えられる。そこで新規UDFにミストモデルを追加した。
これらの検討を踏まえて解析した結果、流体温度に固体温度が追従するとともに、実際に数点投入している温度トレーサーの値全てが0.90以上
となった(図3)。一方、釜に設置している温度計の温度についても、相関係数が0.93となった。また蒸気が内部を流れる様子についても、実際のトレーサーのデータから想定される流れであったため、実際の流れを再現できたと判断した。
実現象の再現性については確認できたが、この解析には非常に時間がかかった。昇温過程を計算するためには770秒の解析が必要だが、流体シミュレーション分野では非常に長い時刻歴解析になる。かといって時間ステップはこれ以上大きくすることはできない。複雑な現象を再現するためにミストモデルや潜熱モデルといった設定も加えており、計算には25.6日掛かっていたという。
そこで同社では、産業利用向けの計算科学振興財団のFOCUSスパコンを使用した。アンシスのソフトウェアはFOCUSで使用する環境が整えられているため、自社からLinuxでジョブを投げて、結果を取得することができる(図4)。
FOCUSの使用により、計算速度は約15倍となり、計算時間を1.7日にまで短縮することができた。境界条件を固定して設計条件を変更し、それぞれの解析結果を比較したところ、殺菌前昇温に達する時間が486秒のケースがあった。「元のケースと比較して、加熱時間は284秒短縮、蒸気使用量は10.3%削減という結果を得た。これにより、品質を維持しながらおいしさが向上できると考えられる」(西井氏)。
また品質管理においては、蒸気の定量化を実現できたことから、殺菌条件の予測精度を向上できると考えられる。最適なレトルト殺菌機の設計も導き出したことから実機への展開も検討しているという。さらに、他の商品へのCFD技術の適用拡大、蒸気使用量の削減、殺菌条件出しの工数の削減も進めていきたいということだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.