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» 2017年02月01日 11時00分 公開

菓子缶の小ロット販売で“黒子”脱却、「お菓子のミカタ」が見据えるB2B2C戦略イノベーションで戦う中小製造業の舞台裏(12)(2/4 ページ)

[松永弥生,MONOist]

リーマンショックで、初めての飛び込み営業

 大阪製罐は、1948年に清水氏の祖父が創業した。同社の主力商品は、製缶と工場用器具。製缶事業の売り上げの9割を占めるのが製菓用缶だ。

東大阪市内にある大阪製罐本社 東大阪市内にある大阪製罐本社

 同社の最初のヒット商品は、学校の図画で使用する絵の具筆を洗う水バケツだったそうだ。今ではプラスチックにとって代わられているさまざまな日用品が、当時はブリキ缶でできていた。

 菓子缶を製造するようになったのは、戦後に神戸風月堂から得た発注がきっかけだったという。神戸風月堂のオーナーは、戦時中の疎開先に、代表商品であるゴーフルの缶を大切に持っていった。戦後に事業を再開しようとしたとき、それまで缶を製造していた会社は閉鎖されていた。そこで大阪製罐に依頼が持ち込まれた。

 それ以来、製菓メーカーとの縁が広がり同社の主力商品は、菓子缶となった。1970年の大阪万博の時にはお土産の缶入り岩おこしが大ヒットしたそうだ。

 1960年ごろ、社内に工夫好きで器用な社員がいたという。仕事の効率を良くするために、自分で溶接をして工具を納めるキャビネットなどを自作していた。これが非常に使い勝手がよかったため、他社にも需要があるのではないかと考え製品化をした。国内初の工具管理機器である「OSキャビネット」として各種実用新案を取得した。

 高度成長期の波に乗り工場用キャビネットの需要は大きかった。こうして菓子缶と工場用キャビネットの2本の柱で同社の事業は大きく成長した。

材料供給から製缶まで自動化されている人の目で品質チェックを行い、箱詰めして出荷 材料供給から製缶まで自動化されている(左)。1日に約8000缶の製造が可能。人の目で品質チェックを行い、箱詰めして出荷(右)(クリックで拡大)

 清水氏は、2003年に同社に入社。不況に強いといわれる菓子業界だが、リーマンショックの時はさすがに売り上げがガクッと落ちたそうだ。

 当時、営業を担当していた清水氏は、新規開拓のために初めての飛び込み営業にチャレンジ。街の洋菓子屋さんを回ったそうだ。

 缶パッケージの採用は、さまざまなメリットがある。

 缶は湿気や光も遮断するので賞味期限が延びる。菓子を焼くサイクルが伸びれば、お店のオーナーには、新製品の開発や顧客サービスなどに時間を割く余裕が生まれる。

 缶入りなら、配送中にお菓子が壊れる心配も少なくなる。

 お菓子を食べ終えた後の缶は、部屋のインテリアや小物入れとして再利用されるケースが多い。缶を手元に残してもらうことで、お店や商品のことも記憶にとどまりやすくなる。メールマガジンやブログとは違うアプローチのファン作りができるのだ。

 清水氏は、街の洋菓子屋さんにこそ缶パッケージを活用してほしいと考えた。「小ロットで3000個からご用意できます!」と、個店に売り込んだ。

 ある日、清水氏の営業トークを聞いたお店のオーナーは言ったそうだ。

 「僕は缶が好きだから、いつか缶パッケージを使ってみたい。だけど3000個は多すぎる。支店を5つも6つも出せるようになったら、その時にお願いするよ。それまで僕も頑張るから、キミも頑張って」

 「今こうしてお話すると、世間知らずだったな……と恥ずかしく思います」と清水氏は当時を振り返る。

 飛び込み営業は実を結ばなかったが、このオーナーにいつか自社の缶を使ってほしいという思いは持ち続けてきた。

社員食堂には、ギャラリーのように缶パッケージが美しく展示されている 社員食堂には、ギャラリーのように缶パッケージが美しく展示されている

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