ひとみの重量は約2.7トンと、ISASの科学衛星としては過去最大であった。しかし単に大きく・重くなったから失敗した、というわけでもないだろう。現在は500kgクラスの小型衛星でも、以前に比べ高度化・複雑化している。現代の衛星開発に従来手法が通用しなくなってきたと見るべきで、小型衛星であっても対策(3)は有効だろう。
だが、JAXAの手法では、とにかく書類が増える。JAXAの開発に関わった人からは、「モノを作っているのか書類を作っているのか分からない」という冗談が出てくるほどだ。文書化にリソースが費やされ、結果としてコストアップは避けられない。
JAXA手法により衛星の開発コストが上がった場合、予算もその分増えれば問題はないが、ここしばらく宇宙関連予算は据え置きの状態が続いており、あまり期待はできそうにない。となると、機能を抑えて衛星の開発費を圧縮するか、開発する衛星の数を減らすしかない。
衛星の大型化に伴い、開発の頻度は昔よりも低下している。現在の宇宙基本計画工程表では、ひとみクラスの中型計画(300億円程度)を3機/10年、ひさきクラスの小型計画(100〜150億円規模)を1機/2年のペースで実行するのが目標だが、さらに頻度が下がるようになれば、PMの育成機会も少なくなってしまう。
宇宙科学にとっては、予算が増えるのがベストであるのは間違いない。しかしそうならず、開発コストだけが上がった場合にはどうするのか。中型計画を減らしてでも、小型計画を増やして頻度を維持するべきなのか。人材育成の観点からも、方針を考える必要があるだろう。
衛星の安全性は、まずプロジェクトチームが検討を行った上で、設計審査会がチェックする体制だった。しかし、ひとみの設計時には、これが十分に機能しなかった。審査会の議論は観測機器等の技術的課題の解決に重点がおかれてしまい、網羅的な審査ができなかったという。結果として、安全性とのバランスを欠いたシステムを見逃してしまった。
今後は審査会の体制を充実させ、審査で明らかになった懸念事項については、適切な対応がなされているか、後々までしっかりフォローする。また、ひとみでは運用準備が十分ではなかったことから、打ち上げ前に第三者による審査を実施し、運用準備の確認を徹底する。これが対策(4)の柱だ。
設計審査会で確認すべき基本事項は、「新たな知見の獲得を目的としつつも、安全を重視したロバストなシステムの設計」(調査報告書P88)である。科学衛星は最先端を狙うチャレンジであり、チャレンジであるからにはリスクも伴う。かといって、失敗して成果がゼロになってもいけない。
こういった話は「安全性を取るかリスクを取るか」という極論になりがちだが、可能な限りリスクを取り除いた上で、残ったリスクの大きさを評価して判断するしかない。衛星の開発には、100億円オーダーの税金が投入されている。安全性をしっかり確保した上でのチャレンジであるべきだ。
ただ、ひとみの事故は、チャレンジした結果の失敗ではない。一品モノで衛星バスが流用できない科学衛星という事情があったにしても、前編と中編で見てきたように、やるべきことをやっていれば、防げたはずの事故であった。チャレンジである科学観測自体は成功しており、素晴らしい成果が出始めていただけに、惜しいとしか言い様がない。
安全性を確保するためには、システム全体を見渡せる広い視野が必要だ。ひとみでは、局所最適に陥ってしまい、全体最適になっていなかった印象がある。システム全体をバランス良く見る能力は、経験を積んで身につけるしかない。もし適した人材がいれば、実用衛星の経験者を科学衛星のPMに選ぶことがあっても良いのではないだろうか。
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