この対策の最初には、「ISASプロジェクトに関わる実施要領、管理方法は、すべてJAXAで定めた全社プロジェクト関連規則、規程類に準拠することを徹底する」と記述されている。この1文から分かるのは、これまでISAS内では、JAXA全体とは違うプロジェクト管理が行われてきたということだ。
これには歴史的経緯の説明が必要だろう。ひとみを開発したISASは現在はJAXAの一部門であるが、2003年の3機関統合によりJAXAが発足するまでは独立した組織だった。そのルーツは1955年のペンシルロケット水平発射実験にまでさかのぼり、1969年に発足した宇宙開発事業団(NASDA)よりも長い歴史を持つ。
日本の宇宙開発は長らく、実用衛星をNASDAが、科学衛星をISASが担うという分業体制で進められてきた。当然ながら、それぞれの組織で培ってきた“やり方”というものがあって、それはなかなか簡単には変えられない。組織の統合から10年以上が経過した今でも、開発手法までは統合されずに残っていたのだ。
今回の4つの対策には、全て「ISAS」の文字が入っており、基本的には、ISASのやり方に問題があったというスタンスだ。今後はそれを改め、JAXA、つまり旧NASDAのやり方に合わせるという方針がベースとなっている。
だが、これほどの大転換である。よほどうまくやらないと、宇宙科学全体に混乱をもたらすだけになりかねない。しかし逆に、衛星の信頼性を向上させられるチャンスでもある。筆者はそこに期待したい。
JAXAの手法では、徹底した文書化が要求される。文書さえ残っていれば、不具合が起きたときにも原因を追及しやすいし、引き継ぎもより確実になる。ひとみでは、手順書が無かったために、スラスタ制御パラメータの生成時にミスが出た。設計フェーズから運用フェーズへの申し送り事項が伝わっていなかった問題もあった。
徹底した文書化を訴えているのが対策(3)である。
調査報告書では、「プロジェクトのシステムが複雑かつ大きくなり、ISASが実施してきた従来の方法ではプロジェクト管理や衛星の安全性の確保が十分でないことを予見できなかった」と指摘している。この“従来の方法”というのは、PMを中心とした少数精鋭による管理体制である。何か問題があっても会って話をすればいいから、とにかく効率が良い。
ISASはこれまで、欧米に比べ桁違いに少ない予算の中で、世界的な成果をいくつも上げてきた。それは、従来手法の効率が良かったことと無縁ではないだろう。だが、この方法は開発が小規模のうちはうまく回るが、開発が大規模になってキャパシティーを超えると破綻する。ひとみでは実際にこれが起きたとJAXAは見る。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.