人間の身体、五感、頭脳の能力をIT技術などで拡張し、誰でも「競技して楽しい」「見て楽しい」スポーツの創出を目指すのが「超人スポーツ」です。最新技術を応用した新『現代五種』競技ともいえる取り組みです。
今回のキーワードは「超人スポーツ」です。といっても競技をするのは普通の人間。人間の身体、五感、頭脳の能力をITをはじめとする技術で拡張し、プロフェッショナルな競技者が人類の限界に挑戦するような競技ばかりでなく、老若男女、体力・体格の優劣や障害の有無や軽重を克服して誰でも参加して楽しめ、また観戦して面白い新しいスポーツの創造に向けた、具体的な取り組みが始まりました。
人間の能力を拡張する「人間拡張工学」を基礎に据え、さまざまな要素技術を組み合わせて、いつでもどこでも誰もが参加して楽しめ、見ても楽しめる「人機一体」となった新しいスポーツのこと。人それぞれに違う体格や身体能力などによる差が目立たなくなるほどに人の能力を拡張することにより、従来はスポーツを諦めていた人でも競技に参加でき、みんなが同一のルールとフィールドで競えるようにすることが1つの目標だ。
図1に想定されている超人スポーツ競技の一例を示す。図の上2つのように、AR(拡張現実)技術を利用して現実を超えた充実感を体感できる競技や、下2つのように、普通の人間の能力では絶対無理な水中や空中の空間を自由に使うような競技、さらにはソーシャルメディアでの応援メッセージがポイント獲得に結び付く競技など、これまでのスポーツの概念を大きく広げるアイデアが続々と提案されている。
「2020年オリンピック/パラリンピック東京大会の開催決定がきっかけでした」と語るのは、超人スポーツの発案者である慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の稲見昌彦教授だ。「東京五輪は日本から世界に何かを発信する好機。世界が日本に求めるものは何かと考えた時、独自のポップカルチャーとテクノロジーがまず候補に挙がります。それらをスポーツに重ねてさらに強力に発信することができないかと考えました」と振り返る。
稲見教授の頭の中には、マンガやアニメのオールドファンなら誰でも知っている「サイボーグ009」のイメージがあった。普通の人間の体に機械が埋め込まれ、まさに超人的な運動能力や精神的な能力を獲得した9人の「サイボーグ」がそれぞれ特異な能力を縦横に発揮して活躍する物語だ。一方、既にパラリンピックではスポーツ義足や競技に特化した車椅子などが普通に使われている。そのような補助器具を、ロボット技術やヒューマンインタフェース技術を用いて格段に進歩させれば、肉体そのものを改造しなくても人間の素の能力を大きく超えることができるはずだ。
例えば射撃やアーチェリーは道具の高品質・高性能化により、的への的中だけでなくどれだけ精度高く命中させられるかを競う競技になった。野球やゴルフでも用具の違いが成績に如実に表れる。100m自由形水泳の世界記録くらいは、フィンを装着するだけで女性や子どもが簡単に達成できている。そうした道具(用具・装具)を工夫することで、映画「ハリー・ポッター」シリーズに出てくる、空飛ぶホウキにまたがって空中を自在に飛びながら行う「クィディッチ」競技だって実現できると稲見教授は考えている。もちろん、動力は魔法ではなく科学技術の力だ。
こんな稲見教授のアイデアに賛同する人々が集まり、2014年には「超人スポーツ委員会」が発足、2015年6月には稲見教授、東京大学大学院情報学環の暦本純一教授、慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科の中村伊知哉教授が共同代表となり、「超人スポーツ協会(Superhuman Sports Society/略称S3)が正式に発足した。メンバーには人間拡張学の研究者の他、ロボット技術者、スポーツ専門家、メディアやゲームのアーティストたちが参加している。「私たちは子どもの頃、自分たちで遊びを発明して楽しんでいました。その時の楽しさをもう一度思い出して、新しい遊びとしてのスポーツをみんなで発明したいと思っています」と稲見教授は目を輝かせる。
同協会は「超人スポーツ3原則」をうたっている。それは「すべての参加者がスポーツを楽しめる」「技術とともに進化し続けるスポーツ」「すべての観戦者がスポーツを楽しめる」の3つだ。「すべての……」という言葉は、ハンディの有無や程度、性別、年齢、その他、多様な個性をもつ人々全部を指している。この基本原則に沿ったスポーツのアイデアを集め、練り上げて、実際にプレイできる競技にまで仕上げていくことになる。
その活動は既に始まっており、2015年7月に「アイデアソン」と「ハッカソン」が開催され、幾つかの競技イメージや道具の試作品が披露された。同年8月には東京・渋谷でのワークショップで一部のデモが行われている。同年10月には「超人スポーツトライアル」イベント(東京北区)や、「第一回超人スポーツEXPO」の開催も予定している。2018年の福井国体と連携して、国内でのプレ大会を行うことを1つのマイルストーンとし、2020年の東京五輪ではサブイベントとして本格的な大会を実現することがひとまずの目標だ。
さて、「超人スポーツ」は現段階でどんな構想があるのだろうか。以下には要素技術も含め、目に見える取り組みの一部を紹介することにしよう。
板バネのついたスポーツ義足は、ロンドンオリンピックの陸上男子400mで両足に装着したランナーが準決勝まで進出したことで認知が広まった。日本でも五輪選手の為末大氏が参加する「Xiborg(サイボーグ)」プロジェクトが義足開発と、それを用いる選手育成に取り組んでいる(http://xiborg.jp/home/)。
農業コンサルタントが発明・実用化した「軽労化」スーツ。高齢者が農作業時に繰り返し行う中腰姿勢での重量物の持ち上げ動作のつらさに着目、その労力や体への負担を軽減するために、最新ロボット技術を応用しようと研究した結果、ほとんど弾性体(ゴム材)の張力だけで作業を補助できるスーツに行き着いた。介護労働や荷物の積み下ろし作業などの作業補助の他、腰痛などの疾病やケガのリスク回避、トレーニング目的にも利用できる。北海道大学発のベンチャー企業、スマートサポートが試験販売している(http://smartsupport.co.jp/)。
ハッカソンで提案された、ジャンピングシューズを履いて相撲をとる競技。透明で柔らかい素材の風船状の防具に人間が上半身を入れ、ぶつかったり倒れたりする時の衝撃を和らげる(ハッカソンで最優秀競技賞受賞 / 図2)。
上と同様の防具を身につけて行うフットサルのような競技。ノルウェーのサッカーバラエティTV番組で誕生し、世界各国で行われている。これにさらに最新技術をつけ加えて、誰でもがより楽しめるものにすることができるのではないかと考えられている(参考:日本バブルサッカー協会http://bubble-football.jp/about)。
球技のボールの代わりを小型サイズのドローンが務め、ボールが浮き上がる(反重力)、帰ってくる、相手プレイヤーをボールがよける、身体に触れないように近くにとどまるなど、普通のボールではありえない動きを利用する競技も考えられている(HoverBall/東京大学大学院情報学環 暦本研究室/図3・4)。モーションキャプチャ技術やゲーム制御装置との組み合わせで複雑な動作が可能だ(http://lab.rekimoto.org/projects)。
他にも電気通信大学小玉幸子研究室ではセンサーを組み込んだボールの動きにあわせてCGが変化するAR技術などが開発されている(http://www.kodamalab.hc.uec.ac.jp/)。
またハッカソンでは松葉杖の操作でエネルギーチャージした上で行う「松葉杖チャンバラ」のような競技(図4)、馬車を模した現代版チャリオット(図5)、電動スクーターに乗って、ボールを落とさないようにゴールに入れて得点を競い合う「Hover Crosse」(図6)、ドローンを鷹に見立ててプレイする「鷹匠」(図7)などが提案された。
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