AUTOSARを初めて導入する際に2つある典型的パターンの1つが「AUTOSAR導入準備の初期段階としての試作評価実施」だ。このパターンの場合にどのように取り組むべきかについて筆者の考察を示す。
前回は、典型的な導入パターンにおける、失敗につながりやすい要素の一部をご紹介した。この原稿の当初の締切日でもあった2015年9月7日のJasPar活動報告会では、複数の出席者から「あれはチェックリストとして使えそうだ」というコメントを頂いてしまったが、一部に合致したからといって失敗するとは限らないし、そもそも、先にも述べたように網羅的なチェックリストとして用意したものでは決してない※1)。
このように強調しているのは、完全性に対する懸念や自信のなさによるものでは決してない。むしろ、チェックリストの弊害である「想像力を妨げる傾向」に対する懸念を強く抱いているからだ。前回は、その傾向を明示しているISO/IEC規格文書の存在も紹介しつつこの懸念を表明したのだが、今回もあらためて強調しておきたい。「いや、考えるきっかけにすぎないのだ」と。
さて、「AUTOSARとは?」という問いに含まれる、「AUTOSARをどのように運用するか、そしてそこから何を得るのか?」というポイントに対しては、「(各自が)考えざるを得ない」と前回述べた。ここからは、前回ご紹介した2つの典型的パターンについて、実際に何をどのように考えるのかについての幾つかの例をご紹介したい。共通する重要なキーワードの1つが「不適切な期待」である。また「情報の寿命」も同様に重要である。
まずは、前回のパターンA、つまり「AUTOSAR導入準備の初期段階としての試作評価実施」について見ていこう。
ここでは、典型的なゴールである「AUTOSARが量産開発に適用可能かどうかを、小規模なサンプルアプリケーションで試してみる」(あるいは「ASW/RTE/BSWのインテグレーション作業をできるようになる」)ということについて、少し踏み込んでみよう。このようなAUTOSAR評価プロジェクトを既に済ませている方々は、次の問いに胸の中でそっと答えていただきたい。
私の知る限り、ほとんどの方の正直な回答はいずれの問いについても「Yes」である。問3については大抵苦笑いが浮かぶ。そして「これだけの投資をしたにも関わらず、そんな程度の成果しか得られないのか」という叱責(しっせき)や批判により苦痛を味わった方も少なくないだろう。
少なくとも、問3の回答が「Yes」となるのは当然のことである。なぜなら、このゴールは「今できていることがAUTOSARでもできるのか」を試しているのであり、新たなものを得ようとしているのではないからだ。量産開発への適用までのごくごく初期のステップであり、AUTOSARというものをある程度理解することで「頼れる」という印象や自信が持てるようになれば、すぐに通り越してしまう段階であろう。「AUTOSARに対する不安(の内ちの1つ)の解消」と言い換えることもできる。
本質的には得られるものがこれだけ限定的であるにも関わらず、「この投資に対して、そんな程度の成果しかないのか」という叱責や批判を受ける場合もある。これは果たしてフェアなものだろうか。決してそうではない。「そんな程度の成果」しか得られないようなゴールが設定/承認された時点で、あらかじめ定められていた結末と言ってしまっても過言ではない。
では、なぜこうなってしまったのだろうか。その原因の1つは、結果に対する期待にある。それ以上はここではあまり詳しくは述べないが、次のようなことについて考えてみてほしい
※1)前回の内容のうち、実例に合致するものの中でご紹介すると特定の方に差支えてしまいそうなものや、多くの方にとって受け入れがたく十分な説明が必要なものは意図して外した。なお、お心当たりの方で「そういった事情がたとえあったとしても、必ず書くべきもの」などのご意見があれば、ぜひご連絡いただきたい。また、JasPar活動報告会の際にいただいたコメントの幾つかは、既に本稿で反映済みである。
※2)ISO 26262-2: 2011 Annex B Table B.1の「Examples indicative of a poor safety culture」の1つとして、「Accountability is not traceable」が示されている。
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