この数理システムを応用した例が感染症の伝播である。例えば2009年に流行した新型インフルエンザについては、従来型と新型のワクチン数の最適な比率を求めることで、全体の亡くなる人数を最小にするという解を求められるという。当時のようにパニックになってむやみに輸入を急いだりせず、作れるワクチン数からこういった解を出したうえで対応を判断するのが有効な対策だろう合原氏はという。また世界規模で広がる感染症や、体内における細胞間の感染に関しても解析中だという。
また合原氏が紹介したのが、病気の予兆を検出する「ダイナミカルネットワークバイオマーカー(DNB)」だ。DNBが示すのは漢方で言う「未病状態」、すなわち見かけ上は健康だが発病する手前の状態で、それを見つけれ出せれば病気になるのを止められるか、発病しても軽微に抑えられるという状態でもある。一部の病気においては、病気の進行状態などを知る指標となるバイオマーカーが見つけられているが、合原氏の言うDNBは、健康状態と病気状態の境界、つまりその時治療すれば病気になる前に対処できるという状態を検出する。「このバイオマーカーは、病気状態の検出には有効ではないが、未病状態は非常に感度よく見つけられる」(合原氏)という。
インフルエンザに関する実験では、実際にウイルスを被験者に接種して解析したところ、発病の1、2日前に未病状態の人を検出できたという。この段階で治療薬を服用することで、発病しないか、しても非常に軽く済むということだ。
この手法はバイオマーカーのために考案したが、理論自体は複雑なネットワークが不安定になる予兆を検出するものだ。そのため他のシステムにも応用可能だという。
例えば電力網の不安定化を検出するのにも使える。風力や太陽光などの再生可能エネルギーを電力網に導入した場合、これらの発電量は天候に左右される。そのため多く導入するほどネットワークは不安定になり、最悪の場合は大規模停電も起こり得る。解析を行えば、大停電が起こる前に生じる不安定の予兆を検出して対処することが可能だという。溶鉱炉の不調や交通渋滞の発生の予兆などもDNBに対応するものを調べることで、あらかじめ予測できるということだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.