さらにあみぐるみのプログラムも作っている(図16、17)。
あみぐるみは、毛糸を使ってかぎ針で外側を編み、中に綿を詰めるぬいぐるみだ。円筒状に本体を編んでゆき、腕などのパーツがある場合は別に作って縫い付けるのが基本的な方法だ(図18)。
プログラムではぬいぐるみと同じく2次元で描いた図を立体化するが、アルゴリズムは違うものである。まず図19のようにウサギの形を描くと、独自のルールで三角形の集合に分割する。
その三角形のうち、最初に描いた外周に含まれていない辺の中点をつないでいく。その中で一番長くつなぐことができた線をあみぐるみの中心軸とする。続いて中心線上の点を中心とした円板を中心軸に垂直に描き、並べていくことで立体を形作る。色の塗り分け機能があり、編み図と作業時間が表示される。
これらのプログラムについては、実際に小学生を中心とする子どもたちを対象にワークショップを行ったそうだ。通常の研究活動の中では体験者の感想を聴くといっても研究室内のメンバーなどに限られてしまうことが多いのだという。だが五十嵐氏は、ぬいぐるみCADの研究が2005年に情報処理推進機構(IPA)の未踏ソフトウェア創造事業に採択されたとき、プロジェクトマネジャーから「子どもたちを対象とするなら、実際にユーザーに使ってもらった感想を聞くべき」というアドバイスを受けたという。
そこでワークショップを実施できる環境を探して奔走。日本科学未来館の館長である毛利衛氏に手紙を書いて、同館での実施にこぎつけたそうだ。このワークショップによって、小学生にはマウスでの作図も難易度が高く、突起生成などは特に難しいことが分かった。そこで基本パーツから選ぶといった工夫の余地があることも見えてきたという。最近はタブレット端末がより普及しているため、タッチパネルを利用するといった可能性もありそうだ。
ぬいぐるみCADはテレビでも取り上げられたこともあり、反響が大きかったそうだ。「番組を見たバルーン制作会社の方から連絡があり、バルーン制作の検討も行いました」(五十嵐氏)(図20)。
バルーン制作は、通常まず型紙を作ってペーパークラフトとして組み立て、形を調整していく。続いて10分の1サイズで実際の素材を使って最終調整を行ったのちに、約10mの最終製品を作る。データは大抵MayaやStudioMaxなどのCGツールで作成されたものがベースになり、データを受け取ってから完成までの期間は約2カ月になる。だが五十嵐氏のプログラムを使えば、出来上がりの形状をPC上で確認、修正できるため、試作作業がなくなる。「実質的に必要なのは縫製の時間だけになったため、データ入手から完成まで2週間に短縮できました」(五十嵐氏)。
五十嵐氏がぬいぐるみCADを作りたいと思ったきっかけには、小さいころから手芸や製造業などのモノづくりに親んでいたことがあるという。手芸が得意な母親がテディベアを作ってくれた。そこで自分もうさぎを作りたくなった。だが一からデザインするのは難しいため、テディベアの耳だけを取り換えて作ろうとしたという。しかしいざ布を切って縫い合わせてみると耳が細すぎてバランスが悪くなってしまった。綿を詰めると布の大きさより小さくなってしまうことに気付かなかったのだ。「そういった小さなころの体験が、今のソフトウェアの工夫につながっています」(五十嵐氏)。一方、父親は自動車メーカーでCADシステムを開発していた。子どものころの五十嵐氏は、会社のイベントなどに行っては、クレイモデルづくりや衝突実験などをわくわくしながら見たという。この両親を見ていたからこそ今の研究をしているのも自然な流れといえそうだ。
コンピュータの性能向上などによって、ますます個人でできることの幅は広がるだろう。普段PCを使わない人でも簡単に操作できるツールがあれば、モノづくりの楽しみ方もずっと広がるはずだ。五十嵐氏のぬいぐるみやビーズのCADは、それぞれに固有の制約を意識せず、デザインに集中できるのが特徴だ。それによって普通のユーザーでもデザインすることへのハードルがぐっと低くなる。五十嵐氏は「今、モノづくりができるカフェなど、個人でのモノづくりのすそ野が広がっています。簡単に自分の作りたいデザインができるツールを提供することで、よりモノづくりが身近になれば」という。これからも今までとは違ったモノづくりの形が登場するかもしれない。今後が楽しみだ。
加藤まどみ(かとう まどみ)
技術系ライター。出版社で製造業全般の取材・編集に携わったのちフリーとして活動。製造系CAD、CAE、CGツールの活用を中心に執筆する。
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