「売る予定がない製品の在庫計画指示書がきっかけデシタ……」。組織、会議、仕組みを変えて復活したPさんの会社はこんなに革新的な業務プロセスを動かしていた! 危機から復活した要因は「普通の活動」ができたことにあったようだ。
本連載はS&OP-Japan研究会(主幹:松原恭司郎)のメンバーによる生々しい実体験を基にしたフィクションです。S&OP-Japan研究会は、日本におけるS&OP普及を目的とした非営利のグループです。企業内で日夜数字やお金、予算と計画の間の隔たりを解消すべく、S&OPプロセスの学習と実践を行っています。
限りなく一般に起こり得る状況をイメージしながらS&OP-Japan研究会メンバーが創作した100%フィクションの物語です。特定の個人・企業・団体に関係するものではありません。
第1回では、Sマネジャーが生産現場リーダーの立場から、製版調整会議のムダに悩み、S&OPというキーワードにたどり着きました(記事参照)。その話を営業部門のトップであるO統括部長に相談したところ、ちょうど同窓会でそのキーワードを友人であるP氏から聞いたところだったことを思い出した(記事参照)。早速打診して、2人はP氏の勤め先にヒアリングに行くチャンスを得たのだった(記事参照)。
今回は、ヒアリング先である医療関連業界大手「OKメディカル社」におけるS&OPプロセス導入の状況を見ていく。超優良企業の過去は、意外にも親近感の湧く状況のようだ。
営業事業統括本部のOさんは、生産計画グループのマネジャーSさんと一緒にOさんの留学先の大学時代の同期で、外資系医療関連企業OKメディカル社(仮名)日本法人CFO(予算管理・財務担当)のPさんからの招待で同社を訪ね、同社での事例について話を聞く機会を得ました。
Oさんが、PさんとSさんをそれぞれ紹介しました*。Pさんは、アメリカ出身で、会計事務所を経てOKメディカル社本社財務・予算管理部門にマネジャーとして入社後、数カ国の現地法人を経験して、3年ほど前の異動でCFOとして日本法人に赴任してきました。今では日本語もある程度スラスラと話せるレベルにあります(Sさんはこれを聞いて心の中で「良かった!」と一安心したとか……)。
* Sさんは生産管理部門のマネジャー。悩みは記事にある通り。Oさんは営業部門のトップ。Oさん同様、若手から「販売の数字なんていつも全然合ってないですよ」なんて言われて、イライラした日々を送っています。
最初に、OさんとSさんは、PさんからOKメディカル社について説明を受けました。
同社は100以上の国・地域で事業展開しているグローバル企業であり、100年以上にわたり多くの画期的製品を世に送り届けてきた業界を代表する企業の1つということです。また、現在ではS&OPのベストプラクティス企業として数えられているということでした。
Oさんが自社の現状について概要を説明すると、PさんはS&OPの導入前にOKメディカル社でも発生していた問題について切り出しました。
「ナルホドネ。実はウチも少し前までは問題だらけだったんデスヨ。あれは、私がオーストラリア法人にいたときのことデス……」
そういうと、「OKメディカル社の過去の危機的状況を象徴するエピソード」について説明し始めたのです。
1990年代半ば、Pさんは当時オーストラリア法人の財務・予算管理部門の部長でした。
当時のオーストラリア法人では、日本法人の財務・予算管理部門から定期的に英語学習も兼ねて研修生を受け入れていました。ある年の研修初日、Pさんは次のような質問を研修生にしてみました。
「3年前に発売される予定だった新製品は、一体どうなってるのデスカ?」
3年前にとっくに発売されるはずだった新製品が、まだ世に出ていないとは、一体どういうことでしょうか? 当時の状況を少し整理してみましょう。
新製品はグローバル戦略に基づき日本法人の製品としては初の海外生産が計画され、オーストラリアが製造を担当することになった。
当時オーストラリア法人では他のアジア向けを含め当該製品を既に製造していたが、日本法人の販売計画ではピーク時、年間で既存生産量の5〜10倍相当が必要と想定されていた。従来の製造設備では対応できないことから、オーストラリア法人では製造設備増設を決定するに至った。
この後、日本法人からの発売延期などの連絡がなかったことから、当初発売予定時期の約1年前には製造設備増設工事が開始された。しかし、設備完成後、製品製造に必要な検査のためにテスト稼働していた発売予定時期2カ月前になって、突然日本法人より「政府の承認が遅れる」という連絡があった。
その後、新製品は発売されないまま3年が経過、まだまだ発売される見込みは見えていない。
Pさんは、日本から来た研修生ならば事情を知っているかもしれない、と踏んで、次のような話を研修生にしたのだそうです。
「毎年、日本法人が新製品の販売計画を立ててくるので、オーストラリア法人側でも製造計画には入れてマスヨ。でも何年も発売されないままで、輸出売上と輸出報償金(オーストラリア政府による製造業の輸出推進のための制度)は計画倒れに終わってイマス。設備関連の経費(減価償却費、メンテナンス料など)は発生しているので、利益計画もズーーーッと未達ナンデスヨ。本当にこの製品は承認される可能性があるのデスカ?」
研修生はこの話を聞き、日本の同僚に状況を確認してもらったそうです。後日、Pさんに次のような報告がありました。
「彼がいうには、情報不足のまま勝手に販売・在庫の計画を指示していたっていうんデスネ……」
研修生はさらに日本法人の状況をヒアリングしてくれたそうです。この研修生の話を一通り聞いたところをまとめると、次のような状況が見えてきました。見るだけで問題の根の深さが分かります。
当時のOKメディカル社はグローバル全体で各部門の縄張り意識が強く、各国間で硬直化した組織構造となっており、それぞれの間の調整などはほとんど行われていなかった。
日本法人の各部門間においても、営業部門、研究開発部門および生産部門間の情報交換などは行われないまま、新製品を含めた販売計画、在庫計画が作成されていた。
上記のように根拠のない日本法人の在庫計画が独り歩きした結果、オーストラリア法人の製造計画にも影響を与えていた。
Pさんはじっと聞いていた後、こう言いました。
「日本とオーストラリアだけの小さな話じゃなく、どうも全社で見直さないといけない点があるみたいダネ。今まで見えなかった部分がつながってきたヨ。詳細な情報をアリガトウ!」
Pさんはこう感謝すると、当時のオーストラリア法人社長に電話を入れたのでした。
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