CADベンダー 米Autodeskのユーザーイベントで見た、米国における製品開発の新しい動き。いまの時代、「製品開発の情報は発表まで秘匿する」という考えが変わりつつある。そのトレンドに乗っかって、それを支援しよう! というのが、クラウドベースのPLMか。
「やっぱりこれからはクラウドとオープンイノベーションなのか!?」――例年この時期に米国で開かれる米Autodeskのユーザーイベント「Autodesk University」(以下AU。会期は、2011年11月29日〜12月1日:現地時間)に参加したとき、そんなことを思いました。CADやCG分野のソフトウェア関連としては世界最大級といわれるこのイベントは、今年も世界80カ国以上から8000人を超える参加者が、ネバダ州ラスベガスの会場に集まってきました。私もベンダー時代にいろいろなイベントに参加し、かつ主催側にいたこともありますが、やはりこの規模は純粋にすごい。
実はワタクシ、水野操はこのイベントに参加したのは、初めて。その昔、オートデスク社の従業員であったときも一度も行ったことがなく……、ウワサだけ聞いておりました。結局、AUには一度も参加しないまま、オートデスクを去ったわけですが、よもや、メディアという立場で参加することになろうかとは思ってもみませんでした(笑)。
ちなみに、このイベント決して安くはありません。日本のユーザーイベントでは参加費用が掛かるケースは少ないですが、こちらのイベントに参加したい場合は、交通費なども含めれば、米国内でも軽く2000ドルは必要でしょう(申し込みのページを見れば参加費は一目瞭然)。
にもかかわらず、米国内では自費で参加する人も決して少なくないとのこと。「気合入っているなぁ」と思いつつも、ウワサによればこれをきっかけにして自分が望む仕事を獲得するための――要は転職活動の場にもなっているらしい。またスピーカーなどにもなれば、自分のプレゼンスが上がり、能力がアピールできることで、“お声が掛かる”ことも少なくないとのこと。なるほど、そう考えれば何だか納得してきました。
さて、このままいくと前置きが長くなりそうなので、イベントについてのお話に戻りましょう。実は公式なAUのプログラムが始まる前に、メディアイベントもあったのですが、こちらの内容は次回以降で個別にお話しいたします。
ということで、時間は前後しますが、私にとっての2日目(AU初日)の朝8時から開催されたAUのオープニングセッションあたりを中心に今回のイベントをワタクシなりにサマっていきましょう。
で、今回のAutodeskからのメッセージは何かというと……、
「クラウド」
ですね。
このメッセージは終始一貫しておりました。
既に、幾つかのメディアでも報道されていた通り、オートデスクは「Autodesk 360」というクラウドベースのPLMを発表していましたね。もっとも実際の製品の展開は、2012年の後半になってきそう。実際は、従来より存在する「Autodesk Vault」「Autodesk Buzzsaw」(以下、Buzzsaw)という製品に加えて、今回発表の「Autodesk 360 Nexus(ネクサス)」が加わったもの。これについては次回以降の記事で。
オートデスクがデータマネジメント系の話をするのは今回が実は初めてではありませんが、いままではどちらかというと、オートデスクお得意の「Democratize(テクノロジーの民主化を)」するというテイストが全体的に表れていた気がしますが、今回はそちらを残しながらも、もっと世の中のトレンドを意識していたようですね。
AU初日のジェネラル・セッションは、米Autodesk CEOのカール・バス(Carl Bass)氏のほか、CTOのジェフ・コワルスキ(Jeff Kowalski)氏、それに同社ユーザーはおなじみのリン・アレン(Lynn Allen)氏、Wired編集長のクリス・アンダーソン(Chris Anderson)氏、TechShop CEOのマーク・ハッチ(Mark Hatch)氏など、多彩なゲストが登場。コワルスキ氏が、いまの世の中のトレンドを形づくる“5つのWave(波、トレンド)”という視点でセッションをナビゲートし、それぞれにマッチしたゲストがプレゼンをするというスタイルでした。
ちなみにその5つのトレンドは以下の通りです。
*日本語訳は筆者による意訳で、公式のものではありません。
全部を説明しだすと大変に長いことになってしまうので、私なりに印象に残ったポイントを中心に私なりの解釈でお話ししたいと思います。
TechShopは会員制の施設で、月に100ドルの会費を払えば、おなじみの3次元プリンタはもとより、もっと高度な工作機械も含めたさまざまな道具にアクセスすることができます。いくらDIYが大好きな米国人といえども、さすがに個人ではそこまでそろえづらいもの。
ここで1ついえるのは、個人や小規模事業者もツールへのアクセスがもっと簡単になり、安価になってきていることです。でも、ポイントはここではありません。TechShopで技術を習得した若者が、実際の製品開発のために初めて道具の使い方を学んでから、90日間で資金調達をすることができたそうです。この資金の調達には「KickStarter」(クリエイター活動のための資金調達支援サービス)を活用したということです。
おっと、こんなところで第1の波と第2の波がかかわってくるのですね!
かつては「何か開発する」というと製品の発表まで情報を秘匿していたものでしたが、いまの時代はむしろオープンにして、そこに人々がかかわりあって生み出されるという、いわゆる「オープンイノベーション」が活発になってきているようです。
ちなみにオープンイノベーションとは、カルフォルニア大学バークレー校のヘンリー・チェスブロウ(Henry Chesbrough)非常勤教授がとなえる概念で、従来は“自社内”で“自社の技術者のみ”で開発していたのを、知財まで外にオープンにして、外とコラボレートして革新を起こすというものです。
このように物ごとをオープンにして開発した例として、クリス・アンダーソン氏が挙げていたのが、「OpenSprinkler」です。こちらは、オープンソースでWebから機能をプログラムできる新しいタイプのスプリンクラーです。
マーク・ハッチ氏によれば、製品開発におけるアイデアのうちの60%は顧客からやってきているということです。さらに米国のような国であれば、そんなオープンな環境で資金を集めることができます。
そして、そのような活動をさらに後押しするような環境の変化がまさにクラウドです。クラウドがもたらしたものが何かといえば、「これまで貴重であったコンピュータのリソースを湯水のように使うことができる」ということです。
これまで計算機のリソースは非常に高価でした。ところが、ストレージにしろ、あるいはアプリケーションにしろ、最近は自分たちでそのリソースを整えていけば(これまではそうするより仕方なかったのですが)、クラウド上で無料同然のように使うことが可能となってきています。
この午前中のセッションの中で出てきたメッセージで印象に残ったのが、「We have to change our mindset」(われわれの思い込みを改めねばならぬ)というものでした。すなわち私たちは、「いままではコンピュータをはじめとする計算リソースは“希少で大事なもの”だ」という考え方をしていたかもしれませんが、「もはやそうではない」と考えることによって、クラウドが提供する効果を享受できるということですね。
ちょっと考え方を変えれば、スマホ(スマートフォン)のセンサーを使えば、アプリを通じてNIKEのような巨大な企業も、エンドユーザーと直接つながることができますし、小さな企業もその豊富なリソースとオープンなつながりを活用して自分たちだけでは作ることのできないものを開発することできるというわけです。
今回のオープニングセッションを聞いていた限りでは、
というようなメッセージに私には受け取れました。
私自身も、クラウドのストレージをフルに活用しているし、Googleをはじめとして、DropBoxにSugarSync、Zohoなどのアプリケーションにしても、気が付いたらかなりクラウドの恩恵を受けています。もちろん、これが自分の日常の業務の効率化を超えて、よりクリエイティブにみんなとつながって成果を生み出しているか、というとまだまだできていませんが、クラウドがあるからこそできていることが増えてきました。
ひるがえって「製品設計の環境はどうか」というと、まだまだクローズな環境ですね。と言うか、むしろ多くの製造業においては、オープン・イノベーションとは対極な関係です。
さて、2012年には展開するというAutodesk 360はどうなるのか。
Autodesk 360は、従来のPLMのように製造だけに提供されるわけではありません。建築に対してもかなりの力を入れているようです(Autodesk 360 for BIM)。実は、根拠のない私の直感ですが、「これは案外はやるかも……」と期待しています。もともと、オートデスクが提供しているBuzzsawは、クラウドベースで社外とファイルを共有したり、プロジェクトを進めるためのプラットフォームとして使用できるシステムです。日本においては製造ではあまり流行らなかった感じですが、建築ではかなり積極的に活用されています。
製造においても、これまでは日本の企業では、「社外にデータを置く」ということが好まれなかったこともあり、難しい面もありましたが、「3.11」のこともありデータのセキュリティを考えてクラウドにも抵抗がなくなってきている側面もあるようです。
さらに、ようやく日本でも3次元ツールが普及しだして、つまり3次元のデータも増えてきたことで、それらのデータをもっと積極的に管理しなければならないという強いニーズも出てきています。
Autodesk 360も、単にアプリケーションとして見れば「クラウドベースのPLM」。それだけの話です。しかし、使い手とともに、今回のオープニングセッションで述べられていたようなトレンドをどう加速していくのか。そこに乗れるかどうかが、Autodesk 360の普及に大きく関わってくるような気がいたしました。
◇
次回は……、少し時間を巻き戻して、メディアデーから印象に残ったより具体的な製造関係のトピックの話をしていきます。
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