武藤研究室の2010年度の卒業論文では、前述の粒子法による流体解析を使った、鋳造型における湯流れについての基礎研究がテーマとなっているという。
例えば、学生たちは以下のような手順を踏む。
このように、学生が自分たちの手で、3D4CNを一通り体験体験できるようにしている。デジタルな部分だけではなく、鋳造型の製作も体験でき、モノづくりの素朴な楽しさも実感できる。
「アメリカでは、大学を卒業した直後からエンジニアとして即戦力になる人材がたくさんいます。でも日本の場合、新入社員を受け入れると、まず企業が教育しなければ即戦力になりません」(武藤氏)。
そうしたことを問題視し、武藤研究室では、学生たちが、メーカーにとって本当に求める人材、即戦力となって巣立っていくことを目指している。学生のうちからモノづくりの感覚と3D4CNの考え方に慣れ親しんでおけば、3D4CNが既に浸透しているメーカーでは早く戦力になれるし、これからというメーカーなら、3D4CNやPLMの立ち上げを担う人材にもなれる。
自動車メーカーに就職する人たちの意識は、昔と比べだいぶ変わってきていると武藤氏は言う。「車の好きな度合い……情熱がね、少なくなってきたように感じるのですよ。本当に車が好きな人、車が趣味である人が自動車メーカーに入社するっていうのが、どうも少なくなった……というか」(武藤氏)。
最近は、メーカーのエンジニアのモノづくりに対するモチベーションがだいぶ落ちているという。世の中で“クルマ好き”が減ってきている状況と併せ、今日の自動車開発における組織体系も、その傾向に拍車を掛ける原因となっていると同氏は指摘する。
「自動車にコンピュータが組み込まれるようになり、メーカーの開発はどんどん分業化し、エンジニアが自動車開発の全体をしっかり理解しづらくなくなりました自分がいったい何を作っているのか、よく分からなくなってしまうのです。そのような状況が、エンジニアのやる気をそいでいるんだと思うんです」(武藤氏)。
エンジニアの作業は徹底的に分業化され、タコつぼにこもるような体制となる。それぞれのコミュニケーションも、非常に滞る。それ故に、自分の担当する部分以外で何が行われているのかよく分からず、自動車開発の全体が理解できなくなってしまう。
そうした背景によるエンジニアたちのモチベーションの低下およびコミュニケーション不足が、日本メーカーの開発力をそいでいる大きな要因となっているのではないかと武藤氏はいう。
全体を見渡す、あるいはコミュニケーション力を支えるのは、組織改革とともに、武藤氏の研究する3D4CNやPLMなどモノづくりITの適切な運用が重要となる。データを1カ所に集めておいて、開発に携わる誰もが3次元モデルを中心にデータを利用できるようにすれば、自動車開発の全容を直感的に理解しやすくなる。
現在はCAEの解析データも、CADデータとPDMとの関係のように管理させるツールもあり、それをPLMとつないで統合管理する仕組みも構築できる。
しかしながら、日本の自動車メーカーはPLMの仕組み構築に以前から熱心に取り組んでいるものの、順調な運用とは断言しづらい状況だという。
例えば、欧米ではCADやPLMに組み込まれたチャットや、電子メールのコミュニケーションを併用して効率よく他部署と情報交換しようとすることに慣れており、分業化によるコミュニケーション不足ということはあまり聞こえてこないようだ。
しかしその一方、日本のメーカーのエンジニアはそのようなコミュニケーション手段には慣れていないことが多い。その理由としては、アナログな感情を含めた意思伝達を大事にする文化が影響していることも一因として考えられるだろう。ITによるコミュニケーションの仕組みが、というよりは、分業体制そのものが日本人にあまり向いていないのかもしれない。
「CADやPLM、CAEなどは、その多くは欧米で開発されています。そのままでは、日本に合いません。ですから、あくまでそれをうまく利用して、“日本らしく”、もとい“ニホンナイズ”すればいいのです」(武藤氏)。
「CATIA」にしても「NX」にしても、従来、メーカーごとに使い方の特色を出しつつ使われてきたと武藤氏は言う。例えばPLMなら、「BOMをメインにするか」、あるいは「PDMをメインにするか」などは、メーカーが長年積み上げてきた開発文化により視点が異なってくるという。
この後は、開発にまつわるデータを共有しながら、かつコミュニケーションを自然に促すような、欧米のシステマチックな技術は利用しつつも“日本らしい”モノづくりITの開発・運用が望まれるのだろうと武藤氏は言う。
自動車メーカーから仕事を受ける部品メーカーや金型メーカーも、企業規模の大小に関係なく、単なるCAD/CAMの運用から脱して3D4CNやPLMを推し進めなければ、やがて仕事が舞い込まなくなることは必至であると武藤氏は断言する。
「とにかく、中小企業もドラスティックに開発プロセスを変革しなければ、日本のモノづくりの復興はあり得ません。それには、一大決心と資金、計画、要員スタッフ、良きアドバイザーやコンサルタントが必要です」(武藤氏)。
大手メーカー並みの高級な統合ツールの導入を必ずせよ、という話ではなく、ローエンド、ミッドレンジのITの寄せ集めであってもいいという。
また、ITの整備が自社だけでは厳しいなら、数社で団結する。例えば、異業種のグループで1つの会社を作り、その地域のグループの中小企業を取りまとめて、仕事を海外からも取ってくる。あるいは、高価なITの仕組みは数社でシェアする。そういった、グループ体による会社の在り方も、今後はより重要になるだろうとのことだ。
「発注する側の自動車メーカーや、政府、公共団体、組合などが、ある条件に基づいて中小メーカーにソフトウェアを支給する、などの支援体制なども必要ではないかと思います」(武藤氏)。
東京大学の藤本 隆宏教授が唱えるような、従来日本人が得意としてきた、擦り合わせ型開発(インテグラル型開発)は、260年間続いた江戸文化の職人文化にルーツがあると武藤氏は話す。江戸職人の世界は、まさにボトムアップな“作り込み”の世界であり、暗黙知が支配していた。現在の日本のエンジニアたちにも、その考え方が無意識のうちにしみ込んでいるためか、日本人は、システマチックに考えることがあまり得意ではない(もちろん個人差はあるが)。
そして、日本メーカーにおけるエンジニア人材育成も、システマチックに行われないことが多いという。終身雇用が当たり前だった一昔前ならそれでも問題はなかったが、今日の経済状況では、もはやそれは当たり前ではなくなり、1人の人を長く雇うことが保証できない時代となってしまった。今後はより一層人材の入れ替えが加速するだろう状況下では、エンジニアの技術伝承が的確に行われることが重要である。
「引退していった(あるいはいきつつある)技術者たちが積んださまざまな経験やノウハウをシステムで吸収してしまうようにしなければ、先人のノウハウを全て捨ててしまうことになります」(武藤氏)。
メーカーの技術力を分解すれば、“知識”(技術的な座学など)“技術”(設計・解析技術)“技能”(部品加工や組み立て作業の仕方、勘など)の3つに分かれる。そして、知識と技術、簡単な技能なら全てデジタル化できると武藤氏はいう。
解析データや3次元モデルは、まだに知識や技術の情報に当たる。モデル化が難しい技能については、「動画や画像も利用すれば、人が行う作業や作動も全てデジタル化できます。WordやExcelなどで書類を作り、その動画や画像も張り付けていけばいいですよね」と武藤氏は言う。
このようにデジタル化した、知識・技術・技能を1つのデータベースで管理させ、3D4CNでシステマチックに運用していく。
しかし“技能”については、いまの技術では、デジタル化ができるものとできないものがある。
「例えば、王貞治選手の『一本足打法』なら、王選手が振る姿をデジタルカメラで画像に収めてそれを誰かに見せることはできますが、王選手が持つ感覚まではAさんやBさんには伝えられません。脳神経や経験、つまり難しい技能は、デジタルではなかなか伝えられません。なので、現状の技術では、簡単な技能を伝えることにとどまります」(武藤氏)。
しかし将来は、難しい技能の部分も含めてデジタル化できるのではないかと武藤氏は考える。
「ASIMO(本田技研工業)のようなロボットは、アナログを徹底的にデジタル化した好例です。いまは、そういうことが実現できるほどに技術は進化してきています。脳やDNAの研究も非常に進んできていますし、センサーもいろいろとありますし……。やろうと思えば、将来は、日本の職人の暗黙知や高度な技能など、人のアナログ的な部分も、ある程度ならデジタル化できると私は思っています」(武藤氏)。
そんなレベルとなってくると、もはやアンドロイド……、技能伝承ロボットか。例えばCAEのポスト処理で、コンピュータが「これは果物のようにしっとりしています」「いい感じのスナップフィット」など、しゃべるようになるのかもしれない。そういう時代にまで到達すると、モノづくりのやり方そのものが、現在と比べてだいぶ変わっていることだろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.