また開発領域にもよるが、解析の多くは「企画」から入り込むという。詳細設計段階での作り込みは解析が最も得意とするところでもある。「企画、概要設計段階で、相反性能をハイバランスさせたり、目的とする機能を最も軽量な構造で実現させるための骨格設計をしたり、などにも解析を活用します」(藤川氏)。
同社では、3次元CADによる検討作業の前に、形状やレイアウト、機能特性などについて、簡易な概念モデルを用いて検証する。エンジンの場合では、1次元の流れ解析で、吸排気や燃焼行程を検証する。そのような概要設計の段階では、最適化ソフトウェアも活用して、複数パラメータで検証し、開発工数を減らしながら、設計品質も高めていく、いわゆるフロントローディング開発へも積極的に取り組んでいるというわけだ。
またマツダでは、“すべて”の現象をCAEで再現できるように日々、解析技術をブラッシュアップしている。そうはいっても、さすがに、大学の研究所が扱うような物理学レベルまで入り込むという意味ではない。
「つまり正しくは、『開発の必要なところはすべて』です。例えば、インジェクタのガソリンの噴き方はどういったやり方が最も効率がいいか、あるいは燃焼中の燃焼室の形状はどうあるべきかなど、しっかりと設計ができるレベルで必要な現象をCAEで再現するということです」(藤川氏)。
それだけ徹底したCAEの活用となれば、目指すは、完ぺきな「試作レス」なのか? その問いに藤川氏はこのように答える。「究極の目標として試作レスはありえると思います。しかし当面は実機の試作は、CAE技術を発展させるために不可欠です。わたしどもが取り組んでいるのは難度の高い先端技術開拓なので、新たなCAE課題も常にあります。そのリスクを明確にし、それを分析、研究し、その結果を再度CAEに反映させるためにも試作は必要です」。
同社内では解析技術が設計へ、実験部門へ……と、広く深く展開されていることもあり、それを支えるナレッジ共有や教育にも力を入れているという。
「わたしどもがこれまで整備してきた解析技術に対し、それを扱うのに必要な工学知識、およびCAEツール技術を『能力開発講座』として、教材(WordやExcel、Power Pointなどの資料)を社内のイントラネットで共有するとともに、各部門で設定するCAE業務の計画に沿って講座を設置しています」(藤川氏)。
同社のエンジニアたちは、半年ごとにスキルアップ計画を練ることになっており、上司と相談しながら、あらかじめ用意されたスキルマップを参照しながら、受講する講座を選んでいく。
上記のような能力開発講座は、藤川氏が入社したころからすでにあったという。FEMの理論や、そのソフトウェア操作など、CAEに特化した講座を設置したのは、ここ5〜6年ぐらいの間の話とのことだ。
社内の若いエンジニアは、CAE関連の講座に対し、大変積極的に取り組んでくれるという。一方、設計や実験部門に在籍する管理職クラスに対しても「実務はしないけど、知っておくべきCAEの知識(管理者向け)」という講座の開設も検討中とのことだ。
講師については、基本的には社内のエンジニアが務める。新しい技術領域については、CAEベンダやコンサルティング会社に依頼して講師を派遣してもらう。その際も、いったんそのノウハウを社内に移管してしまえば、それ以降は社内の講師が展開する。「大学の先生を社内に呼ぶのは、まれですね。わざわざ来ていただくのは申し訳ないですから……、わたしたちから出向いて習いに行っています。大学も企業向けの講座を開催してくれますので」(藤川氏)。広島大学は、マツダの社屋の比較的近くにあるため、よく訪れるとのことで、まとまって受講しにいくこともあるとのことだ。
そんな同社であっても、人材育成について、悩ましい問題が付きまとう。
解析できることが広がれば、やらねばならないこともそれなりに広がっていくもの――同社では、その現状の広がりに対し、自動化や設計、実験の解析者の拡大で対応している。「確かに(実機の)実験回数は減っていますので、その分で人を回せます。しかし、その一方で解析の難度がどんどん上がってきています。また解析でやれることが増えるから、それをやる量もどんどん増えていきます」(藤川氏)。
どんどん難易度の上がる解析技術に対してはキャッチアップし切れるエンジニアの育成および補強が、同社の今後の課題とのことだ。
また、上記のようなエンジニアの数の問題と併せ、ソフトウェアのライセンスのコスト、PCクラスタなどのハードウェアのコストもうなぎ上りになってしまい、悩ましいところだという。
日本人エンジニアの技術力低下については、「特に感じていない」と藤川氏はいう。しかし過去、同社の方が優位にあると感じていた新興国メーカーのエンジニアリング能力の向上は、要注意と感じているとのことだ。
そして、その脅威に立ち向かうには、やはりCAEの技術向上は重要な鍵となる。
「CAE技術の多くはOEMで内製されることはなく、専門のベンダで開発されます。世界中のどの企業でも、(お金さえ出せば)最先端のCAE技術を入手することができます。従って、わたしどもは、同じツールであっても『いかに上手く使いこなすか?』が勝負と考えています。その意味では、『自前で解析精度を高めていく技術』=『現象解明する実験能力』、などが今後は重要になってくると思います」(藤川氏)。
CAEを成功させる大きな決め手は何か。また、解析ソフトがいまいち活用し切れていないという企業にアドバイスをするとしたら、何かあるだろうか? 最後に、藤川氏に尋ねてみた。
「『CAEを成功』ではないのでは。結局わたしたちがやらなければならないのは、高い商品力を省資源で開発するということ、イコール、『開発を成功』させること」(藤川氏)。
そのためには、「どうやって技術力を高めるか?」、あるいは「どうやって省資源でやりきるか?」を考えれば、設計部門からも実験部門からも、必然的にCAEを駆使しなければならないという流れが出てくる、と藤川氏は考えているという。
「CAEを拡大するための施策として重要な視点があるとするなら、従来の効率化だけではCAEの膨大な投資(ソフトウェア、ハードウェア、人員など)はリターンしないこと。従来の実験ベースでは厳しいぐらい高い技術に到達することが、CAE投資の最大のリターンであることをしっかりと訴求・認識しないと、経営的にはCAE重視へ動き難いと思います」(藤川氏)。
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