ポメラでは、アップル社の「MacBook Air」などでも見られるフラットなタイプのキーボードを採用した。これは筐体に古臭さを出したくないというデザイナーの強いこだわりだった。
しかしA社は、キートップの角Rやその下部の薄いフランジ部の隅が完全な角になるのを嫌がった。ただ、A社が特別なわけではなく、世の中のメーカーの多くは好まないだろう。
キーは樹脂の射出成形で作る。ご存じのように、成形部品の設計で、シャープエッジや角を避けるのは基本。樹脂が流れづらくなり、ショート(樹脂が行き渡らず、欠落などが生じる)してしまう可能性が高いためだ。金型技術者に依頼すると、小さなRを取ってくれと指示されるのは常だ。
しかし、もしフランジの隅をRにした場合、キーが並んだときにRとRの間に妙なすき間ができてしまい、ちょっと格好悪い。この“パツ角”を実現するには、金型側で工夫をしなければならない。
ちなみにパソコンのキーボードで多く見られるように四辺がテーパになっている形の方が、設計・製造にとってはやさしい形だ。企画がキックオフした時点もこの形だったが、後にデザイナーの意向により変更されたのだった。キーのデザインに古臭さを感じさせたくなかったという。
とにかくデザインコンセプトは、絶対! 何度も話し合いを重ねる……というよりは、なんとかA社に意向を飲んでもらえるよう、3次元CADの前で粘りに粘り続けたという。「結局は、ジオデザインの担当者と一緒になって、『こっちの方がクールだろ? そう思わない?』という感覚的な部分に訴えた説得になっていたと思います……」(立石氏)。
DM10の外装パネルは、ぱっと見、プラスチック製に見えるが、実はアルミ製だ。このパネルでは、粉体塗装にUVコートを施すことでソリッド感を出したという。このルックスも、デザイナーのこだわりだった。
アルミの表面処理では、アルマイトが多い。ヘアラインを入れたりもする。そのような処理の場合は、いかにもアルミ筐体といった感じになる。この“いかにも”な雰囲気を避けたかったのだという。
「電子手帳のような見かけにしたくなかったのが、一番大きな理由です」(立石氏)。
DM10では、外形をなるべく薄く、かつ軽量にしたかったこともあって、外装パネルの交換ができない仕様にした。ただ六角穴付きボルトの頭が外装表面に露出していて、分解は容易に可能で、パネルを自作して交換するユーザーも実際いた。外装パネルを外すと、すぐに見えるのはむき出しの液晶パネルの背中で、電子部品もむき出し状態。
この分解により事故や故障があっても、メーカーが保証することは当然できない。ユーザーがオリジナルのデザインを施す際の正規の手段としては、携帯電話やデジタルカメラ用のデコシールなどを貼るしかなかった。
DM10の販売開始後、パネルの着せ替えをしたいというユーザー要望は非常に多かったという。「それができるならDM10でやっていたよ!」とはいいっこなしで……、その次期モデルであるDM20では、A社とともに、あえてこの仕様に挑んだ。メーカーにとって、やはりユーザーは神さま。
まず着せ替えパネルを構成する要素をすべてプラスチックにすれば、強度は格段に劣ってしまう。金属の部品を入れて補強をすることは必須だった。DM20では、金属のベースフレームの上でプラスチックの着せ替えパネルを着脱可能な構想とし、構成部品もなるべく最小となるように抑えた。
そこでまずネックになったのは、金属部品のせいで重くなってしまった製品重量だった。ただ、軽量なアルミ製にすると、今度は部品コストが高くついてしまうという問題があった。コスト面で妥当であるステンレスを採用せざるを得なかったが……やはり重い。
そこで、強度を落とさないぎりぎりまでステンレスフレームの肉抜きを行った。A社の協力の下、落下試験や耐久試験を繰り返し、製品重量を計算しつつ、妥当なラインを検討した。
その結果が、以下。
DM20の筐体の厚みは33mmとなり、重量は370g(電池なし)で400g以下に抑えることができた。
DM10、DM20ともに、キックオフから販売開始までの期間が約1年。そのうち、設計検討の開始から完了までは約半年間とのことだ。これは結構、タイトなスケジュールだ。
「A社のエンジニアは、メールの返事がとても早いです。早いときは5分ぐらいで返ってきます。こちらからラフな案をA社に投げても、だいたい 2週間ぐらいで、基本的な機構設計ができてきました。こちらの要望にクイックレスポンスしてくれたこと、また柔軟に対応してもらったことは、スケジュールとコストが厳しい中で、非常にありがたかった部分ですね」(立石氏)。
そんなA社の柔軟な体制に甘えることなく、キングジムの開発メンバーたち自身もまた積極的にA社へ飛び、気後れすることなく設計に絡んでいった――A社とキングジム、相互の歩みよりにより、家電メーカーが発想しなかったような製品が、企画後1年という短期間で市場投入され、そしてヒット商品となった。
日中のメーカー共同で、技術者、デザイナー、企画担当が設計現場の3次元CADの前で一丸となって議論しながら1つの製品を作り上げていく。このような手法は、設計・開発経験豊かな大手メーカーではあり得ないこと。豊富な経験や大きな組織というのは、もしかしてイノベーションの足かせになっていることもあるのかもしれない……。
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