痛ましい事故の後、失敗の原因を追究したNASAが行きついた検証環境。そのキモとなるのはチームをまとめるための連携インフラだった
米国オーランドでのPTCのユーザカンファレンス(2009年6月開催)から、興味深い事例セッションと各社の取り組みをレポートする(編集部)
普段はなかなか聞くことのできないNASAでの開発環境が公開されたセッションから紹介しよう。米国の先端技術の象徴ともいえるNASA(アメリカ国立航空宇宙局:National Aeronautics and Space Administration)における試作機の安全性検証について、すべて3次元仮想環境下で解析を行い、その精度を向上させようというプロジェクトについてだ。
NASAでは、2003年に発生したスペースシャトル「コロンビア」号の事故を受け、設計初期の段階から安全性の検証を強化する方針を打ち出していた。
ご記憶の読者も多いことと思うが、2003年2月1日、大気圏への再突入を試みたスペースシャトル「コロンビア」号が空中分解、乗員全員が死亡した事故だ。
技術的な要因としては、打ち上げ直後に外部燃料タンクのバイポッド部分から分離した断熱材が左翼前縁のRCCパネルに衝突して損傷。大気圏への再突入の際に、この損傷部分から高温の空気が断熱材内側に入り込んだため、左翼内部のアルミニウムが溶解し、構造強度が弱まったことが主要な原因とされている。左翼の損傷をきっかけに、強度が落ちた船体では、翼の脱落など、次々に損傷が広がった。最終的には、空中分解という、非常に痛ましい結果となった。
注:米国のスペースシャトル「コロンビア号事故調査委員会(CAIB)」が公表した事故調査報告書の宇宙開発事業団よる翻訳内容を参考にした。
事故調査委員会の最終的な報告では、設計上の問題や組織上の問題も事故の要因として指摘された。その後、NASAでは組織の改革と、設計の安全性検証の取り組みを強化してきた。
今回セッションに登壇したATKのMichel Mongilio氏は、こうした取り組みの1つとして試作機における強度解析の精緻な検証を行うための特別プロジェクト「Composite Crew Module Project(CCM)」を立ち上げ、2007年から活動を続けている。チームメンバーは米国内の9拠点から招集された。
このプロジェクトでは、「Orion crew exploration vehicle」の検証が行われている。
Orion crew exploration vehicleは、NASAが開発している次世代の有人探査機で、今後10年以内に国際宇宙ステーションに向けて初飛行を行う予定になっている。現在は試作機の検証が行われている段階だ。プロジェクト全体はロッキードがプロジェクトマネージャとして統率している。
飛行機や自動車も同様だが、宇宙空間という、より過酷な環境化での利用が前提となっているこのプロジェクトでは、許容誤差が1000分の5インチ(0.127mm)というシビアな要件での設計が要求される。また、設計時にやりとりされるデータには非常に重要な機密情報も含まれている。クリティカルな条件下で、9拠点での分散開発・検証を行うという、難度の高いプロジェクトといえる。
他業務と並行して検証も実施するため、メンバーが直接顔を合わせる機会はほとんどない。「それに」とMonjilio氏は付け加える。
「メンバーのほとんどがその土地に家を持ち、家族もいたので、週末であっても物理的にどこかに集まって何かをすることは不可能に近いメンバーでした」。
こうしたメンバー間の距離の問題を解消するために導入されたのがWindchillだった。
Mongilio氏によると、Windchillの仕組みを、別途構築した Webプラットフォームと統合して、オンラインだけであらゆるコミュニケーションが可能なシステム「NESC」を構築したという。
「こうすることで、離席することなく、また移動に時間を割かれることなく、どんどん検証作業を進められるようになりました。もちろん時差があったとしても、変更の履歴や他のメンバーの作業進ちょくもすぐに分かりますから、時間を有効に使えました」(Mongilio氏)
もともとNASAの検証チームではIntraLink製品を利用していたのだが、あくまでも拠点内に閉じた情報共有基盤だったため、このプロジェクトの要件である、複数拠点間でのコラボレーションという用途には合致していなかった。こうしたことからWindchillを採用したという。
設計場面ではWindchill PDMLinkとProjectLinkを連携してプロジェクト管理を行い、マネージャはこれらの情報をさらにProductViewによって管理する仕組みだ。
また、Webベースのプラットフォームならではの自由度を持っている点も特徴の1つと言えよう。ドキュメントや図面の共有だけでなく、このシステムでは、オフィシャルではないコミュニケーションのための場も用意されている。スタッフ同士での簡単なメッセージのやり取りなども切り捨てることなくすべて同一プラットフォーム上で見える仕組みを用意しているのだ。
この点について、Mongilio氏は「通常ならば成文化されないような日常的な会話やちょっとした技術面での質疑応答なども、拠点間の心理的距離を短縮するには需要な要素です。また、こうしたコミュニケーションの中に、ドキュメントには残らない重要な情報が含まれる場合があります。こうした情報交換の場をあらかじめ含めておくことで、円滑なチームワークを実現できました」と語る。
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