現場管理者のためのインダストリアルエンジニアリング磐石なものづくりの創造−IE概論(3)(1/3 ページ)

本稿では、ものづくりの経営改善手法であるIE(Industrial Engineering:経営工学)の基礎知識について、その生い立ちから、基本的な手法とその用途、さらに改善実践での心構えなどを紹介する。

» 2009年05月29日 00時00分 公開
[福田 祐二/MIC綜合事務所所長,@IT MONOist]

本質を理解するためのヒント

 3回にわたり、インダストリアルエンジニアリング(IE)の概要を紹介してきた本連載も今回が最終回。今回はIEの活動分野を中心に紹介しますが、本題の前に、すこし頭の体操をしてみましょう。

 IEの本質は活用する皆さんの「ものの考え方」がキモになります。個別の手法ももちろん重要ですが、根本的な考え方を身に付けなければ手法を生かすことができません。まずは、そんなお話から考えてみます。

ところで「改善」ってどういう意味……?

 日ごろ、「改善」という言葉をよく使いますが、「改善をする」って、何をすることなのでしょうか? あらためて聞かれると、ちょっと考え込んでしまいませんか。

 このようなとき、筆者は迷わず、辞書を引いてみることにしています。間違って覚えていることだってありますし、辞書で調べてみることにしました。なぜなら、「改善とは何か」について、全員が共通した認識を持っていなければ、1人ひとりの行動や目指す方向が異なったり、全員参加の足並みのそろった改善活動は無理なような気がしますし、そのような状況では、改善の成果もあまり多くは期待できないように思われるからです。

改善の前に、悪い状態を見極めよ

 「5S」や「見える化」など、はやり言葉に惑わされて分かったつもりになっているだけで、本質を見ず、結果として行動が伴っていない例も多く見受けられます。

 早速、辞書(広辞苑・第5版)で調べてみると、改善とは「悪いところをあらためてよく(善く)すること」とあります。この項目を読んだだけでは、いまひとつよく分かりません。改めなければならない「悪いところ」とは、どういうところを指すのでしょうか? 再び「悪い」の意味を辞書で調べてみると……、

  • (物の形などが)みっともない。見た目がよくない
  • (品質や程度などが)劣っている。上等でない
  • (行為や状態などが)褒められない。好ましくない。不都合である
  • 正常な状態でない。また、正常に働かない
  • (作品などの出来が)つたない。まずい
  • 質(たち)がよくない
  • よい感じを与えない。不快である

などの意味でした(記載項目から筆者が部分抜粋をしています)。

「正常」「悪い」の判断基準があいまいでないことが大前提

 共通していることは、良い(上等である、質の良い、不快でないなど)の状態または好ましい(正常な)状態にすることのようです。

 ということは、悪いまたは好ましくないを判断する基準を定めておかなければ、状態の良しあしを決めることはできません。正常な状態の基準がハッキリしていなければ、悪いところを良くする「改善」は始まらないということが理解できます。

 また、改善によって状態の質をさらに高めていくことは「正常な状態の基準」をさらに厳しい方向へ変更していくことともいえます。換言すると、「正常な状態」の基準があいまいであったり、甘かったりすれば悪いところが発見しにくくなり、改善活動は進みません。

図1 標準の作り方と問題の発見 図1 標準の作り方と問題の発見 標準化は、例外をいち早く発見するのが目的。例外処理に時間を費やしていないなら、現在の標準が甘い証拠と考えます。

ルールで縛るのではなく改善思考を持てる人的資質を育てる

 緩んでいたネジを締め直すことも例外(通例の原則に当てはまらないこと)の状態を正常に戻すことですから改善といえますが、これは「元のあるべき姿に戻(復元)した」だけですから、改善にあらずと思う人もいるかもしれません。

 しかし、その行動が正しい状態を承知していて、例外を見逃すことなく、それを発見して直ちに復元の行動が取れる人は、何事もおろそかにしない人ですし、このような心の持ち主の人が多い職場は、自発的に改善活動が行われる原動力となります。床にゴミが落ちていることに気付いても、見て見ぬ振りをしてゴミ拾わない人であふれている職場は、5S活動はおろか決してキレイな職場になることはあり得ないからです。

 いくら立派な標準やルールがあっても、人の行動基準として機能していなければ、その存在価値はまったくないといっても過言ではありません。

そういう、物事をおろそかにせず、あらゆることに関心が持てる人の態度は、先のネジ緩みを発見して締め直した後で、ネジが緩むのはネジの摩耗か、振動による緩みか、それとも締める力が弱いのかなどというように、次第にものを見る目や好奇心として醸成されていくことになります。

 数学者の秋山仁先生は、「科学する精神は、自分で現象を捉え、それが起こった原因や理由に疑問を抱き、自分の頭で思考を組み立てながら、一つひとつ疑問を解き明かしていくことにある。科学の基本精神は、ものごとを冷静にみつめ、客観的な真実が浮かび上がるまでトコトン追究していくことなのだ」と、科学する心を説いています(注)。

 「改善とは、科学する心」であると位置付けて考えてみると、何かワクワク、ドキドキしてくるものを感じませんか? 

 改善にはものの見方が大切です。また、ものが見えるようになるには、関心を持つことが第一です。好奇心が何よりも大切であるゆえんがここにあります。


注:「本の知識をそのまま鵜呑み、科学する心を奪われた子ども達」『週刊朝日』(1995年4月28日号)


改善のサイクル化:教条主義に陥らない

 何事もおろそかにしない、好奇心旺盛な人で職場があふれていると、毎日の会社生活が楽しくてたまらなくなってくるような気がしてきませんか。

 いつもいろいろなことが気になってしょうがない。毎日、皆で問題を発見し、皆で解決する。それを繰り返しているうちに、やがて発見する問題の数が徐々に減少してきます。

 さらに、問題がない状況が不安になって「現在の基準で本当に大丈夫なのだろうか?」と、皆で標準を見直して正常な状態の基準を、より厳しく変更して問題を発見しやすくしようと試みます。

 そして、再び全員で一所懸命に問題を探し始めるような職場環境や集団づくりを目指すことが、改善効果として「いくらもうかったか」というような目先の目標や実績よりも、もっと大切な真の「改善の目標」なのだと筆者は思います。

 標準(基準)やルールは普遍のものではなく、同質のQCDを求めるための「取りあえずの同意事項」であって、壊すために作られていることが皆の承知事項でなければならないこともご理解いただけるのではないでしょうか。

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