続いて、「ブレーキ」の電子制御です。
車両を停止させるための制動力はタイヤと路面との間に発生する摩擦力によって得られますが、この摩擦力は路面の状態やタイヤの種類によって変化します。アイスバーンや雨で濡れた路面などで急ブレーキを掛けると、車輪がロックして操舵不能になったり、制動距離も長くなってしまったりと非常に危険です。
こうした危険を防止するシステムの研究は飛行機から始まり、路面状況に関係なく最適距離で制動して停止するシステムは古くから実用化されてきました。当時このシステムは「アンチスキッドブレーキコントロールシステム」などと呼ばれていましたが、近年になって呼び名が統一されて「ABS(アンチロックブレーキシステム)」と呼ばれるようになりました。1965年(昭和40年)ごろには自動車でも同様の研究が行われ、1968年、アメリカのフォード社で初めてABS搭載車が販売されました。そして、1970年には日本でもABSが搭載されましたが、当時は前輪の制御がなかったために制動時の操舵ができず、また高価だったこともあり、ほとんど普及しませんでした。
しかし、その後の自動車の普及を背景に、交通事故が増大し、社会的な安全意識が高まり、量産化による半導体素子の低価格化、さらにはマイコンの登場や制動技術の進歩が後押しし、4輪制御を実現。日本でもABSが急速に普及していきました。
制動時とは逆の場合で、滑りやすい路面での発進時や急加速時には駆動輪がスリップして車体の安全性を欠く場合があります(4WDの場合は、2WDよりもタイヤ1輪当たりの受け持つ駆動力は半分であるため、過度なスリップを起こすことはほとんどありませんが、2WDの場合はそうもいきません)。こうした危険を回避するのにも電子制御が一役買っています。電子制御によってエンジントルクを抑えたり、ブレーキの加減を制御する「TRC(トラクションコンロトール)システム」。ブレーキペダルを踏み込む際、速度や踏み込みの量を検出して“緊急ブレーキ”であると判断した場合、制動力を高める「ブレーキアシストシステム」。さらには、コーナリングの途中に路面の急激な変化や外的要因などによって、強い後輪あるいは前輪横滑り状況になった場合、ECUから指令を出して車両を安定制御する「車両挙動安定制御システム」があります。車両挙動安定制御システムには複数の呼び名があり、トヨタでは「VSC」、ホンダでは「VSA」、日産などでは「VDC」と呼ばれています。
ではここで、ABSの原理について解説することにします。
道路とタイヤの摩擦係数μは、路面の状態やタイヤの種類・状態などにより変わりますが、一般的に乾燥した道路では大きく、濡れた状態では小さくなります。図5に摩擦係数μとスリップ率Sの特性を実線で、スリップ率Sとコーナリングフォース(横行力)(注1)を点線で示します。
図5 摩擦係数μ−スリップ率S特性 |
注1:走行中に操舵を行うと、車両の進行方向とタイヤの進行方向との間に角度のずれ(スリップ角)が発生します。このとき、タイヤには路面からの反力が発生し、車両の進行方向に対して直角方向に力が働きます。これをコーナリングフォース(横抗力)といいます。スリップ角が生じたときに車両の進行方向を保とうとする力です。 |
コーナリングフォースが小さいと横滑りしやすくなります。スリップ率Sは式1で求められます。
スリップ率S=(車体速度−車輪速度)/車体速度×100(%) ……式1
図5から摩擦係数μが最大となるスリップ率付近で制御できればコーナリングフォースも最大ではないですが適度な値が得られ、効率よく制動が掛けられ安定性も確保できます。つまり、目標とするスリップ率は15〜20%がよいことが分かります。しかし、実際にはスリップ率を直接演算して制御しているわけではありません。ブレーキ油圧を直接的に増加させると車輪速度が極大摩擦係数手前で急速に低下することに着目して速度低下量、減速度から摩擦係数の極大値付近を想定してブレーキ油圧を制御しています。
このような制御の結果、平均してスリップ率が15〜20%になり、制動時の車輪ロックを防止し車体が方向安定性を失わず、かつ最短距離で停車できるのです。
図6に電子制御ABSを示します。
図6 電子制御ABS |
図6の電子制御ABSは現在最も多く採用されている、前輪が左右独立、後輪をまとめて制御する“3チャンネル方式”です。車輪速センサは左右前輪と左右後輪にそれぞれ搭載されています。このセンサは電磁ピックアップが一般的ですが、最近は半導体式のセンサも使用されています。ABSアクチュエータはABSの基幹デバイスでマスターシリンダとホイールシリンダとの配管の途中に装着され、各ホイールシリンダへのブレーキ油圧の減圧、保持と増圧を行って制御します。
このABSアクチュエータには3ポジション電磁弁が3個内蔵されており、前輪は操舵性確保の必要から独立して1個ずつ、後輪はまとめて1個の電磁弁となっています。3ポジション電磁弁は無通電時には「加圧モード」、中電流で第2ポジションの「保持モード」、フル通電で第3ポジションの「減圧モード」になります。ブレーキを掛けるとブレーキ油圧が“加圧”されホイールシリンダが作動して車輪速度は低下しはじめます。いずれかの車輪がロックされそうになり、その車輪速度が設定された基準車輪速度よりも低くなるとECUはソレノイドバルブを“保持”します。引き続き車輪速度が低くなると、ソレノイドバルブを“減圧”してホイールシリンダ油圧が緩められます。この減圧時間は車輪の減速度合により決められます。その後はソレノイドバルブは“保持”されて、車輪回転の回転状況をモニタします。車輪回転の回復が早ければ“加圧”“保持”されます。車輪がロックしそうになると“減圧”されます。このように加圧、保持、減圧、保持を瞬時に繰り返して制御することにより安定した制動ができます。なお、図6のP&Bバルブ(注2)は通常のブレーキ時に作動するものでABSの制御には直接関与しません。
注2:P&Bバルブとは、「プロポーショニング&バイパスバルブ」の略でマスターシリンダと一体化しています。Pバルブはリアブレーキに作用し、リアホイールシリンダ油圧の減圧を制御してリアブレーキをフロントブレーキと調和させます。Bバルブはフロントおよびリアブレーキの油圧が万一下がった場合に作動してバイパス通路を開き、マスターシリンダと同じ油圧にします。 |
ABSのフェールセーフについて説明します。電子制御方式の課題は電気的な接触不良などの異常信号でECUが誤動作を起こすことです。特にABSではノーブレーキになる恐れもあります。そこで、電子制御方式ABSではECUがシステムに異常がないかを自己診断し、異常があるときには計器盤にある警告灯で異常を知らせます。この警告灯が点灯したときにはABS機能を停止し、誤動作を防止して通常のブレーキとして作動させて安全を図っています。なお、通常のブレーキでは、制動時の車輪速度の低下はそれほど速くなく、ソレノイドバルブは“加圧”(非通電)のみの動作となりABSは動作しません。
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