あるベテランエンジニアの組み込み業界事始め組み込み業界今昔モノがたり(1)(2/2 ページ)

» 2007年08月01日 00時00分 公開
[吉田育代,@IT MONOist]
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渡米、プロジェクト管理のヒントを得た

 その直後1年半ほどの間、中根さんは米国勤務になった。データベースが分かるということで、ある重要任務を帯びたプロジェクトに入ることになったのだ。ある日、直属の上司ではない課長に呼ばれて「中根君、ちょっと米国に行ってみない?」と聞かれた。「1週間ぐらいですか?」と聞いてみた。「うん、1年ぐらい」。中根さんが「いいですね」というと、課長は「じゃ、いまからパスポート取ってきて」といった。当時、中根さんの本籍は福島県にあった。その足で役所へ赴き、1週間後には機上の人になっていた。

 日本では詳細を教えてもらえなかったほどの重要任務とは、海外支社のデータベースが“おかしい”ので、調査して正常に戻すという仕事だったのだが、調べてみるとデータベースには異常はなく、問題はそれを使う人間の側にあった。データベースを調整しにいったはずの中根さんたちは、結果的に組織を調整することになった。いまでいうところの業務改革である。しばらく技術職から離れることになってしまったのだが、この経験から後々中根さんがプロジェクト管理を遂行するうえで重要な指針となる「人の動かし方」を学んだという。

 結果的に中根さんが日本へ帰ってきたのは、1年半後のことだった。データベースとアセンブラが分かるエンジニアということで、ある部門からお誘いがかかった。医療機器、具体的には検査装置を作っていた部門である。アセンブラで仕事ができることに中根さんに否はなく、ここから現在までどっぷりと組み込みソフトウェアの世界に身を浸すことになる。

組み込みの世界で生き抜く力

 回路図を入れるデータベースを自作するというプロジェクトからでも分かるように、少し前の日本はモノづくりに大きなこだわりがあって、常に理想の実現に燃えていた。新しく行った部門もそうだった。「組み込みソフトウェアを開発する開発環境を一から作り直すから」といわれ、最新の外資系UNIXワークステーションを導入し、そこに自作の開発ツールを入れ、ネットワークを接続する。開発そのものはC言語で進めるという話だったのだが、導入したそのマシンではコンパイラが動かなかった。

フリー・アーキテクト 中根隆康氏 「アセンブラを知っていたからこそ、C言語の習得も早かった」(中根氏)

 昔はソフトウェアの移植性が悪く、一口にUNIXマシンといっても、“A”というハードウェアで動くソフトウェアが、“B”というハードウェアでは動かないということがよくあった。仕方がないので、C言語からいったん中間言語に落として、それをアセンブラにする仕組みをこれまた自作した。

 料理作りを依頼されたはずのコックさんが、厨房に来てみると鍋や包丁といった道具がない。だからそこから作った、というような話である。いまの若い人なら途方に暮れてなすすべもないだろう。しかし、中根さんが開発最前線にいたころは、道具から自分たちであつらえてガシガシ前進する気風だったのである。ジャングルへ放り込まれても生き延びられる、彼らなら。ものごとの根本を理解しているということは、そういう強さを意味しているのかもしれない。

組み込みソフトウェアエンジニアに求められるもの

 さて当時、医療機器の組み込みソフトウェアを作るというのはどんな感じだったのか。二極分化の様相を呈していたそうだ。“性能の高いCPUにどれだけ多機能を盛り込むか”という開発と、“極小リソースしかないCPUをどれだけうまく活用するか”という開発。というのも、現在は低価格化が進んでいるそうだが、そのころ医療機器というのは大抵高額なものだった。最高ランクのCPUを搭載しても、原価的には余裕があり、それよりも他社と差別化できる機能をどれだけ搭載するかが勝負どころだったのだ。その一方で、例えば機器が自動的に試験管を取って薬剤を入れるといったモーター制御の部分などはコンパクト化が求められた。組み込みソフトウェアエンジニアは、その両方をこなせることが必要だった。今日の何百人体制のチーム開発と違って、なにせ人がいない。多くて10人、下手をすると3人などということもあった。開発担当の振り分けは機能単位ではなくCPU単位だった。「はい、この石まるまる君の担当ね」と任されるのである。

 ただし、時間はいまよりも余裕があった。製品の開発計画は途切れることなくラインアップされていたが、1つの製品の開発リードタイムは1年ぐらいみていたようだ。医療機器という特性もあったかもしれない。しかし、品質に対する要求はとてつもなく厳しかった。なにせ事故を起こすとブラックリストに載ってしまうのだから。一体どういうことか。詳しくは次回お伝えすることにしよう。(次回に続く)

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