こうした議論を踏まえ、2026年8月26日に公表されたパワーGXでは、ナフサの供給を支えるための、新たな考え方が示されました。
1つのポイントが、ナフサそのものを大量に備蓄するのではなく、ナフサを国内でつくるために必要な原油を、国家備蓄で厚めに確保することです。
これまでナフサは、原油の国家備蓄の必要量を計算する際に除かれていました。今後は、国内の製油所でつくるナフサの分も考慮して、必要な原油の備蓄量を決める方向です。
ナフサの代わりに、長期保管しやすく、必要に応じてナフサにもガソリンにも加工できる原油を、さらに厚く持っておく考えです。
具体的な目安も議論されています。2026年8月7日の経済産業省の作業部会では、まず同年度中に90日分まで戻し、2027年度中には、国内で生産するナフサの分も考慮した水準まで積み増す案が示されています。
図7 原油やナフサをはじめとする石油関連製品の供給対応強化[クリックで拡大] 出所:内閣官房「エネルギー需給構造の強靱化に向けた我が国GXの加速について(パワーGX)」(2026-08-26)、p.13ただし、原油を増やせばナフサ問題が全て解決するわけではありません。
日本で使うナフサのうち、国内の製油所でつくられるものは約4割にとどまり、残りの約6割は、ナフサそのものを海外から輸入しています。
では、国内のナフサ生産を増やせばよいかといえば、それも課題があります。
その理由が、ナフサが「連産品」だからです。製油所で原油を精製すると、ナフサだけでなく、ガソリンや灯油、軽油なども同時にできます。ナフサが足りないからといって、ナフサだけを大幅に増産することはできないのです。
つまり、原油の国家備蓄を厚くする方針には限界があると見られ、輸入しているナフサについては、別の対策が必要になります。
事実、経済産業省も、国内精製分を原油備蓄で手当てするだけでは十分ではなく、輸入ナフサの供給をどう安定させるかが課題だとしています。
そこでパワーGXでは、原油備蓄の見直しに加えて、3つの対策を組み合わせています。
1つ目が、調達先の多角化です。
日本が調達するナフサは、中東から直接輸入する分に加え、中東産原油を使って海外で生産されたものまで含めると、約8割がホルムズ海峡経由での調達に依存しています。
そこで政府は、中東だけでなく米国や中南米などからも調達できる体制を平時から整える考えです。ただし、遠い地域から運ぶほど輸送費が高くなり、平時には価格の安い中東産に調達が戻りやすくなります。
このため政府は、ホルムズ海峡を通らないルートから原油やナフサを調達する企業に対し、追加でかかる費用を支援する制度を検討しています。エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が制度を運営し、必要な費用の一部を事業者からの納付金で賄う案も示されています。
2つ目が、設備の対応です。
ナフサは単一の物質ではなく、さまざまな炭化水素が混ざった原料です。そのため、原料となる原油や製造方法によって、成分や性質に違いがあります。別の原料を使えば、エチレンやプロピレンなど、得られる化学製品の割合も変わることもあります。
こうした原料の違いには、運転条件の調整や原料のブレンドで対応できる場合もあります。一方で、調達先や原料の選択肢をさらに広げるには、前処理設備の追加や、さまざまな原料に対応できる設備への改修が必要になることもあります。
パワーGXでは、こうした原料転換や調達先の多角化に対応するための設備投資も支援する方針です。
3つ目が、樹脂などの川中製品の供給体制です。
ナフサそのものだけでなく、ポリエチレンなど、すでに加工された中間製品を確保しておけば、ナフサの供給が一時的に滞っても川下産業への影響を抑えられます。
今回の危機でも、樹脂などの在庫が供給をつなぐ役割を果たしました。パワーGXでは、供給に懸念がある化学製品について、こうした川中段階も含めて供給体制を強化する方針です。
パワーGXについては、現時点では方向性が示された段階です。高市首相は、年末までに「パワーGX戦略」をまとめ、必要な法案の提出も含めて具体化するように指示しています。国家備蓄をどこまで積み増すのか、多角化支援の費用を誰がどの程度負担するのか。こうした制度の詳細は、これから詰められていきます。
「ナフサ備蓄」と聞くと、巨大なタンクにナフサをためる姿を想像しがちです。ですが実際、ナフサの長期保管には負担が重くのしかかります。
そこで実際に検討されているのは、原油備蓄、調達の多角化、設備の改修、川中製品を組み合わせた、ナフサ供給網の強靭(きょうじん)化です。こうした複数の対策を組み合わせて、ナフサの供給網全体を強くしようとしています。
日本の石油化学産業はこれまで、在庫を減らし、安い原料を海外から調達することで競争力を高めてきました。一方で、今回のような非常事態が起これば、効率化によって削ってきた余白が一転して弱みになります。
今回のパワーGXは、その余白をもう一度つくろうとする政策でもあります。
もちろん、供給網に余裕を持たせれば当然コストは上がります。そもそも、ナフサの備蓄義務がなくなったのも、コスト削減の流れの1つです。
事業として成立しなければ、製品を供給できません。安さを優先するのか、有事への備えを厚くするのか。そのバランスをどう取るかは、日本の素材産業全体が抱える課題ともいえます。
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