では、なぜナフサには原油のような備蓄制度がないのでしょうか。
いまの日本では、ナフサそのものを国家備蓄として保有しておらず、民間企業の備蓄義務からも除外されています。ただし、このうち民間備蓄義務については、かつてナフサも対象になっていました。
1973年の第一次石油危機、いわゆるオイルショックでは、原油価格が急騰し、日本ではトイレットペーパーの買い占めが起きるほど社会不安が広がりました。
この経験を受け、1975年に石油備蓄法が制定され、石油会社などに一定量の在庫を持つことが義務付けられます。当時はナフサも備蓄義務の対象でした。
ただし、何十日分のナフサを持つには、それだけ大量の在庫を常に抱えておく必要があります。原料としてすぐ使わないナフサにも資金が寝るうえ、大型タンクの建設や維持管理にも費用がかかります。
しかも当時、欧州の主要国ではナフサに同じような備蓄義務がありませんでした。日本企業だけが備蓄コストを負担したまま、海外メーカーと価格競争をする構図になっていたのです。
1985年の国会では、その負担が業界全体で年間100億〜200億円程度にのぼるとの説明もありました。石油化学は、大量の原料を扱い、大規模な設備を動かす産業です。製品1つ当たりの利益が薄い分、原料費や設備費の差が収益に響きやすく、こうした追加コストは競争力にも影響します。
石油化学にとってナフサ備蓄は、もはや日本企業だけが背負う重荷だったのです。
そこで日本は、石油備蓄の分担を見直しました。国が原油を国家備蓄として厚く保有し、危機が起きたときに供給を支える仕組みを強めていきます。
この流れのなかで、企業に課していた備蓄義務は軽くなり、ナフサについても1989年度から段階的に縮小されました。そして1993年度には、石油化学用ナフサの備蓄義務がなくなりました。
つまり、ナフサの備蓄義務がなくなった理由には、企業の負担を減らす側面もあったのです。
そして今回、ナフサの備蓄が再び議論される中で、もう1つの問題が改めて注目されています。ナフサそのものは、原油ほど長期備蓄に向いていないことです。
理由の1つは、ナフサの性質です。ナフサは原油のなかでも比較的軽い成分からできており、揮発しやすく、引火の危険があります。大量に保管するには、火災や流出を防ぐ安全対策に加え、長期保管中の品質管理も必要になります。
長く保管すると、水分の混入や品質の低下といった問題もあります。赤澤経済産業相も2026年5月の国会で、ナフサは揮発性が高く、「年単位の長期備蓄が難しい」と説明しています。
一方、原油は軽い成分から重い成分まで、さまざまな物質が混ざった状態です。国家備蓄として長期間保管する仕組みもすでに整っており、必要になれば製油所で精製して、ナフサやガソリン、軽油などに振り分けることができます。
ここには、「原料」と「製品」の違いもあります。原油は、あとから用途を決められる原料です。対してナフサは、原油を精製して取り出した製品の1つで、用途もある程度決まっています。
つまり原油は、「長く保管しやすく、必要になったときに用途を選べる」。ナフサは、「すでに加工され、使用先が決まった製品」。国家備蓄として考えた場合、この差も大きくなります。
この違いを考えると、ナフサの安定供給は、単純に備蓄量を増やすだけでは限界があります。備蓄コストが増えれば、その負担が石油化学企業にのしかかり、競争力を削ぐ可能性もあります。
そのため政府も、単純に「ナフサを何百日分も貯める」という方向ではなく、どのような形で備えるのが現実的なのかを検討しています。
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