川崎重工は、NVIDIAのフィジカルAIとデジタルツイン技術を活用し、「次世代デジタルシップヤード」の実現を目指すプロジェクトを開始した。海外で進むデジタルシップヤード構想と比べて、川崎重工とNVIDIAの取り組みにはどのような違いがあるのだろうのか。
川崎重工業(以下、川崎重工)は2026年7月16日、NVIDIAのフィジカルAI(人工知能)とデジタルツイン技術を活用し、「次世代デジタルシップヤード」の実現を目指すプロジェクトを開始した。技術検証の中心となるのは、川崎重工の国内造船拠点のうち、主として一般商船の建造を担う坂出工場(香川県坂出市)だ。同社は2017年の船舶海洋事業の構造改革で国内の商船建造を坂出工場へ集約しており、現在も同工場では一般商船の建造を主に手掛けている。
今回のプロジェクトでは、川崎重工が造船現場で蓄積してきたデータや知見、ロボット技術に、3Dシミュレーションやデジタルツインを扱うライブラリ「NVIDIA Omniverse」、ロボットシミュレーションを行うアプリケーションツール「NVIDIA Isaac」、フィジカルAIの開発に用いる世界基盤モデル「NVIDIA Cosmos」などを組み合わせる。坂出工場における商船の設計から建造現場までを対象として、次世代造船所に向けた生産システムを構築する計画だ。
川崎重工は、この取り組みの背景として、国内造船業では少子高齢化に伴う熟練技能者の減少や人手不足が進む一方、低炭素/脱炭素対応船を中心に世界的な需要が拡大し、建造能力の拡大と生産性向上が求められていると説明する。同社はこれまでも商船建造のDX(デジタルトランスフォーメーション)や造船所向けAIロボットの開発を進めており、今回のプロジェクトでは、これらにNVIDIAの技術を加えて次世代造船所モデルへの高度化を進める。
その基盤となるのが、川崎重工が進めてきたBOM(Bill of Materials、部品表)とBOP(Bill of Process、工程管理表)に基づく商船DXだ。川崎重工はBOMを部品など「モノ」に関する情報、BOPを作業工程に関する情報と説明する。今回のプロジェクトでは、この商船DXを基盤として、デジタルツインやAI、ロボットを組み込んだ生産システムへ発展させる。
川崎重工が進める商船DXのイメージ。設計、生産技術、調達、物流、建造をBOM/BOPを基盤に連携する。NVIDIAとの協業では、Omniverseなどのデジタルツイン技術を活用して手戻りリスクの最小化やプロセス最適化を進める他、Isaacで溶接、塗装、検査、搬送などを担うロボットの動作計画やシミュレーションを行い、施工/検査データもAIで活用する[クリックで拡大] 出所:川崎重工川崎重工が示した取り組みは、大きく4つに分かれる。デジタルツインを使った生産工程の最適化、溶接や塗装、検査、搬送などを担うAIロボットの導入、設計/調達/製造/品質管理を支援するAIエージェント、そして建造時のデータを運用/保守/改造まで利用するライフサイクルマネジメントだ。坂出工場ではこれらの技術検証と現場課題の抽出を進め、段階的に実証/実装する計画としている。
これらは坂出工場でこれから開発が進むシステムであるものの、川崎重工は、同工場を中心とした各取り組みで得た知見について、今後他の大型構造物や製造現場への展開も計画している。
川崎重工が進める次世代デジタルシップヤードでは、船を3Dデータで設計するだけでなく、設計した船をどのような工程で建造するのか、その工程で設備やロボットをどう動かすのか、実際の施工結果をどのように次の作業へ反映するのかまでをデジタル技術の対象とする。
その出発点となるのが、先述したBOMとBOPだ。BOMが船を構成するモノの情報、BOPがその製造工程の情報を持つ。今回利用するデジタルツイン技術は、船そのものだけでなく、造船所の設備や生産工程を扱う産業施設向けの用途にも広がる。NVIDIAは、Omniverseを産業用デジタルツインやロボットシミュレーションなどを構築するためのライブラリとマイクロサービス群として位置付けている。3Dデータや各種データを集約し、設備を含む物理環境を再現した上で、シミュレーションや現実のデータとの連携に利用できる。工場を対象としたデジタルツインでは、建屋のレイアウトや設備、機械などを仮想空間に配置し、生産工程や設備配置の検討、ボトルネックの確認、ロボットの動作検証などに利用することをNVIDIAは想定している。
NVIDIAが示す産業施設向けデジタルツインのレファレンスアーキテクチャ。施設や設備、機械などの3D形状データを基盤に、OmniverseやCosmosによる合成データ生成、Isaac Simによるシミュレーション、センサーやカメラから得るリアルタイム運用データを統合する構成を想定している[クリックで拡大] 出所:NVIDIA造船所に置き換えれば、デジタル化の対象は船体の3Dデータだけにとどまらない。船を構成する部材や機器、それらを組み立てる工程に加えて、建造中の船体ブロック、作業場所、設備、搬送経路など、実際の建造作業に関係する情報を扱う必要がある。川崎重工は今回、デジタルツイン技術を利用して手戻りリスクの最小化とプロセス最適化を図るとしている。ただし、坂出工場のどの設備や工程までを仮想空間に再現するのか、具体的な対象範囲は現時点では公表していない。
デジタルツインは、ロボットを造船現場へ導入する際の検証環境としても使われる。川崎重工は、NVIDIA Isaac Simを利用し、同社が開発するロボットについて動作計画、経路生成、シミュレーション、現場適用性の検証を行うとしている。対象として挙げるのは溶接、塗装、検査、搬送などだ。NVIDIA Isaacに含まれる「NVIDIA Isaac Sim」では、マニピュレーターや移動ロボットなどについて、周囲の環境を含めたモデル上で動作を検証できる。仮想環境上でロボットと作業環境の組み合わせを検討する仕組みとなる。
建造現場から取得するデータも、この生産システムを構成する。川崎重工は、造船所の実環境データや施工/検査データをAIと組み合わせ、ロボットの施工条件の最適化や品質判定精度の継続的な向上につなげるとしている。NVIDIAが示す産業用デジタルツインでも、センサーやカメラなどから得た実環境のデータをデジタルツインへ送り、現実の設備と仮想空間を連携させる構成を想定している。
この流れを造船生産システムとして整理すると、BOMとBOPに基づく商船DXを基盤とし、デジタルツイン上では工程や設備、ロボットの動きを検討する。そして実際の造船現場から施工/検査などのデータを取得し、ロボットの施工条件の最適化や品質判定に利用する。川崎重工が目指す次世代デジタルシップヤードは、こうした設計情報、製造工程、設備/ロボット、現場データを一連の生産システムとして扱う方向にある。
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