マテリアルズインフォマティクス(MI)の基礎知識について解説する本連載。第6回は、ベイズ最適化やLLM(大規模言語モデル)、自律実験系を例に、AIが候補予測から問いの提案へ踏み込む過程について考察します。
前編では、観測されたデータに整合する説明が1つとは限らないことを見てきました。AI(人工知能)が高い精度で予測していても、研究者が知りたい理由とは別の規則を使っていることがあります。そのため、良い検証においては、観察を増やすだけでなく、競合する仮説が異なる結果を予測する条件を選び、実験によって仮説空間を削ります。次に何を試すかをAI自身が選ぶようになると、研究開発はどう変わるのでしょうか。
後編では、ベイズ最適化やLLM(大規模言語モデル)、自律実験系を例に、AIが候補予測から問いの提案へ踏み込む過程を考えます。同時に、問いをAIへ委ねれば勝手に検証が進む、という単純な話ではないことも見ていきます。
これまでマテリアルズインフォマティクス(MI)では、組成や工程条件から性能を予測し、有望な候補を順位付けするものとして語られることが多くありました。今では、次の実験を選び、実行結果を受けて選択を更新するループの内側へ入り始めています。その代表的な方法の1つにベイズ最適化があります。既に得られた結果とモデルの不確実性を用いて、次に試す条件を逐次的に選びます。一般的な目的は、限られた実験回数で目的関数の高い条件を見つけることであり、因果構造の解明を保証する手法ではありません。
一方で、最適化問題の設定には研究者の仮説が反映されます。何を性能として測るのかであったり、どの変数を操作可能と見なすのかだったり、どの条件を許容範囲外とするのかによって、AIが探索する範囲は変わります。第4回の記事で扱ったパラメータ設計ともつながる部分です。
材料実験には、数値としての物性値が得られない試行もあります。目的の相が形成されない、試料が分解する、測定可能な状態に達しない、といったケースです。このような観測の失敗を単なる欠損として捨てず、次の試行点を選ぶ情報として扱うベイズ最適化の研究も進んでいます[参考文献1、2]。「この条件では目的の状態へ到達しなかった」という結果も、探索可能な領域を狭める情報になります。
LLMは、別の形で問いの設計に入り始めています。例えば、論文や実験記録を読み、複数の説明候補を整理し、それぞれを区別する追加実験を提案する、といった形式です。ただし、ここでLLMが生成するのは「正しい仮説」とは限りません。前編で見たように、幅広い情報から導かれる説明は一意ではなく、観測には整合していても、本来知りたい因果とは異なる近道を選ぶことがあります。これはいわゆるハルシネーションとは別の、観測から説明を導く推論に伴う本質的な問題です。
従って、LLMの価値は仮説候補を1つの答えとして返すことより、複数の説明候補と、それらを区別するための検証案を組み立てられる点にあります。ベイズ最適化が主に数値空間の中で次の条件を選ぶのに対し、LLMは言語化された知識から仮説候補と検証案を広げます。その候補をどの実験でふるいにかけるかまで含めて、研究上の問いになります。これらを組み合わせると、ベイズ最適化において検証すべき数値空間の仮説をLLMが生成する、という形式も可能です。
MIは、蓄積されたデータから有望な材料候補を予測する段階から、仮説候補を整理し、実験を選び、結果によって説明を絞り、次の問いを更新するループ全体を支える段階へ、少しずつ近づいています。
2026年に、大規模言語モデルを使ったAIエージェントが、実際の放射光ビームラインで結晶試料の位置合わせを行う研究が報告されました[参考文献3]。AIは目標を受け取り、装置操作を計画し、測定結果を解釈しながら次の操作を決めます。安全上、実機へのコマンド入力は人間が中継します。AIは想定外の条件にも対応し、複数段階の実験作業を反復的に進めています。これは、AIが解析結果を研究者へ返す存在から、観察しながら操作し、結果を受けて行動を修正する存在へ変わり始めた例です。
一方、実験を完全に無人化することが最終目標ではありません。2025年には、自律合成ラボの設計として「human-on-the-loop」という考え方が提案されました[参考文献4]。ラボオートメーションの文脈でhuman-in-the-loopという概念が用いられる際には、文字通り実験ループの中で人が操作に関与する考え方と、より大きなループの中で人が監督する考え方の両方が含まれてきました。
human-on-the-loopは、後者を明示的に区別する表現です。本年2026年には、ソフトウェア開発のAIエージェントかいわいで「loop engineering」という言葉も注目を集めています[参考文献5]。一回ごとのプロンプトだけを工夫するより、AIが目標に向けて行動し、結果を観察/検証し、必要に応じてやり直し、停止や人間への引き継ぎまで行うループ自体を設計するという考え方です。モデル単体の能力だけでなく、AIをどのループに置き、何を検証し、どの条件でやり直し、どこで人が介入するかが、システム全体の性能を左右する設計上の論点になります。
これは生成AIに限った話ではありません。MIを組織としてうまく推進している現場も、結果として相似なことを行っています。予測モデルを作るだけではなく、その結果を検証し、次の実験へつなげる運用まで含めて設計するからです。新しい機械知能を既存の研究開発ワークフローへどう組み込むかという意味では、MIの組織導入とloop engineeringは、構造的によく似た問題を扱っています。
こうしたループを設計する際には、何を成功とみなし、どの結果を次の行動へつなぐかも決める必要があります。性能が上がれば成功と見なすのか、理論上の説明と整合したときに成功と見なすのかで、AIが選ぶ実験は変わります。測定結果が曖昧なときに再測定するのか、人間へ判断を戻すのかでも、ループの振る舞いは変わります。成功条件や再測定、停止、人間への引き継ぎまで含めて設計することが、自律実験を研究開発の中で機能させる鍵になります。
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