製造業における設計開発部門と情報システム部門の関係は、単なる「仲が悪い」や「理解不足」ではなく、双方が「相手領域を少し理解した段階で、自分は相手のことをよく分かっていると思い込みやすいこと」に問題の深淵があると筆者は考えている。
この思い込みとは、イメージという言葉にも置き換えられる。一度刷り込まれたイメージはなかなか払拭できないことが、現実の理解のための大きなハードルとなる。以下は、双方の具体的な「思い込み」の段階の具体例をダニング・クルーガー効果の曲線に合わせてプロットしてみた。
設計開発部門と情報システム部門は、双方共に「エンジニア職」であることから、同じような体系の知識や考え方の根源的なものが同じ場合も少なからずある。そのため、双方共に相手の世界の表面を知った時点で「自分の専門分野と似ている。意外と簡単そうだ!」と感じてしまう。
この思い込みが、ダニング・クルーガー効果における「過信の山」の頂点辺りに位置する。そうなると、自分たちが業務上できていることは、「なぜ、できないのか?」となり、自分たちが軽視していることに相手が主張をすると、「なぜ、そんなことを言うのか?」という状況となる。これらは、どちらが良い悪いというわけではなく、目指すゴールや技術やコスト要因などの環境の違いによるものだが、まだ互いに理解できる段階まで達していない。
具体的な課題にどのようなものがあるかという点まで踏み込めた場合、それまでの思い込み(イメージ)と異なる現実が見えるタイミングがある。それが、ここで述べた「気付く段階」である。これらの課題は、それぞれ別物に見えて、それぞれが複雑に絡み合っている場合もあって、上で述べたようなこの事実に気付くと、「私は何も理解していなかった」という絶望に近い感情を持つことが多い。これが「絶望の谷」の段階だ。
課題を理解したことにより、それらの本質の理解や必要な知識量を習得するための準備がそろった段階に至ったといえる。具体的には、それらへの対応のためには起きている事象自体を理解するための知識、解決策に向かうために必要な別の概念など、膨大な量の知識や経験が必要だったことに気付く。このような気付きが、相互理解のスタート地点となる。
相手の分野において、知識と経験のなさに気付けた人は、理解すること自体を諦めるのでなければ、前提条件と対応策の理解ができるまで、知識を蓄積させるしかない。それがこの「啓発の坂」と呼ばれる段階だ。
異なる分野なので全てを理解することは難しいが、相互に相手の言っていることや、その背景に何があるかを理解できるレベルを目指す段階だともいえる。この段階に至れば、相互への尊敬を前提としたやりとりができるようになり、少しずつかもしれないが、相互理解の段階に近づいていると思われる。
ついに、相互理解の最終段階となる。互いの市場環境や技術的背景を理解し、併せてその部門の主目的や優先順位も把握した上で、建設的な話ができる段階だ。この段階になれば、相互を尊重しながら、その組織にとって最善の方法を模索できるようになる。ここに至った企業は「エクセレントカンパニー」などと呼ばれるに値する存在になっているだろう。
設計開発部門と情報システム部門の対立は、単なる価値観の違いやコミュニケーション不足だけで説明できるものではない。その背景には、「相手のことを理解したつもりになる」という人間の認知的な特性が潜んでいる。
重要なのは、相手を変えようとすることではなく、自らが「まだ理解できていないことがある」と認識することである。ダニング・クルーガー効果の観点で見れば、相互理解は「過信の山」から「絶望の谷」を経て初めて始まる。
今やITは企業活動そのものと言っても過言ではない状態になりつつある。ITを有効に活用するためのDXやPLM導入の成功を左右するのは技術そのものだけではない。異なる専門性を持つ者同士が互いを尊重し、学び続ける姿勢こそが、真の変革を支える最も重要な基盤なのではないだろうか。(次回に続く)
1974年千葉県生まれ。セキュリティ分野のマーケティングスペシャリスト。次世代ファイアウォールをはじめ、さまざまな新規事業の立ち上げに従事。セキュリティに限らず、IT全般の動向にも詳しく、インターネットや書籍の執筆実績が多数あり。NPO法人日本PostgreSQLユーザ会理事。日本ネットワークセキュリティ協会(JNSA)のワーキンググループや情報処理推進機構(IPA)の委員会活動、各種シンポジウムや研究会、勉強会での講演をはじめ製品セキュリティの啓発に向け精力的に活動している。
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