FPGAに代表されるプログラマブルロジックICの歴史をたどる本連載。第11回は、前回に引き続いて経営危機に陥ったLattice Semiconductorの話をするが、その前に少し寄り道をして、中小FPGAベンダーであるQuickLogicとSilicon Blueのことを取り上げる。
前回、事業拡大を経てFPGA事業に参入した後、またもや経営危機に陥るまでのLattice Semiconductor(以下、Lattice)について紹介した。今回も引き続きLatticeの話をするのだが、その前に少し寄り道をして、前回名前が出てきたQuickLogicと、このQuickLogicと関わりの深いSilicon Blueのことを取り上げたいと思う。
図1 CHM(Computer History Museum)の“1978: PAL User-Programmable Logic Devices Introduced”より。左がChua氏、奥の眼鏡を掛けている人物がBirkner氏であるQuickLogicは1988年に創業された。創業者はJohn Birkner氏とHua-Thye Chua氏、Andy Chan氏の3人である。最初の2人の名前に聞き覚えがある方もおられよう。連載第2回で触れた、MMIでPAL(Programmable Array Logic)を発明したのがBirkner氏とChua氏である(図1)。
彼らが、MMIを辞めた後でQuickLogicを興したという話は、連載第2回の中でも簡単に紹介している。時系列的に言えば、まずBirkner氏が辞職、次いでMMIがAMDに買収されたタイミングでChua氏が辞職したわけだが、このときにMMIでEngineering VPだったAndy Chan氏も一緒に辞職している。Birkner氏は一足先にコンサルタントとしてさまざまな企業の手伝いをしていたが、2人が辞職した話を聞いて、キッチンテーブルに集まって「さて次は何をしよう」と相談をしたそうだ。
当初は先行していたAlteraやXilinx同様、CMOSベースでFPGA的なものを作ろうと考えていたが、Chua氏がMMI時代の経験から新しいアンチヒューズの実装方法を考案し(ViaLinkと名付けられた)、これを利用してプログラマブルASICを構築することを思い付く。要するにゲートアレイの延長ではあるのだが、それを現場でプログラマブルにできる点が異なる。MMIのPALと似ていると言えば似ているかもしれないが、ゲートアレイでは配線が製品の主役になっている点で大きく異なる。
初期の試作はAMDのFabを利用した。Latticeのように製造委託先に苦労しなかったのは、Birkner氏がコンサルタントとしてさまざまな会社と付き合っていたことが功を奏したようだ。最終的にpASIC(programmable ASIC) 1と名付けられた製品は、CMOSベースのアンチヒューズを利用した製品として1991年に出荷された(図2)。
図2 pASIC 1のQL12X16Bの仕様。発売当時のDatabookを探し回ったのだが見つからなかった。ラインアップとしてはQL8X12B〜QL16X24Bまで全部で150製品ほどあることは判明している[クリックで拡大]特徴的なのは高速性をアピールしている点で、CMOSベースでありながら150MHzを超える速度で動作し、遅延は2nsと非常に短く、それでいて消費電力も少ない。これはCMOSといってもLUTではなくアンチヒューズで論理を保持しているためだ。図2のQL12X16Bで12×16=192ロジックセルだが、これはASICで4000ゲート相当とされる。最大構成のQL16X24Bだと2倍の384ロジックセルなので、これは8000ゲート相当になるわけだ。
これに続き同社はpASIC 2を1995年にリリース(図3)。1997年にはさらにその後継としてpASIC 3をリリースしている。ここまでは一貫してアンチヒューズ方式の製品だが、pASIC 3では最大7万5232のASICゲートを提供するなど、それなりに大容量化を実現している。高速と低消費電力性、それと(当初のLatticeと同じく)耐放射線性が高いということで航空宇宙用途などに広く利用されることになった。
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