由紀ホールディングスは、一般的なホールディングス企業が“内向き”であるのに対し、“外向き”である点も大きな違いだ。一般的なホールディングス企業は、グループ企業全体への経営資源の配分機能や、グループ内企業を統制、管理する機能を持つ。もちろん、由紀ホールディングスでも、統制機能は存在するが、それ以上に重視しているのが、各企業や技術のブランディング機能だ。つまり外に向けた発信力である。
先述した通り、現在生き残っている多くの中小製造業は、独自の要素技術を保有しており、市場の理解とともにブランド戦略の手法を間違えなければ激しい競争環境でも生き残っていける。由紀ホールディングスでは、各社や技術のブランディングや宣伝広告、営業活動の手法を支援することで、従来の中小製造業に足りない部分を補うのだ。そのためにグループでフレームワークとスペシャリストを保有し、これらをマーケティングプラットフォームとして活用する。ちなみに、マーケティングやブランディングのフレームワーク自体は、航空分野でも宇宙分野でもパワープラントでも変わらないという。
「技術の価値は失敗を乗り越えた数だけ高まる」と大坪氏は強調する。研究段階で失敗した数を増やすのは大変だが、長年企業経営をしていれば、失敗の数(N)は自然と蓄積されていく。日本の中小製造業にはそうしたNがたくさん集まっており、その蓄積こそが日本の現場力や技術力につながっている。だからこそ、目の前の市場変動によって、技術を途絶えさせてはいけないのだ。
由紀ホールディングスでは、作っていた製品が市場の変化により受け入れられなくなっても、そこに内包された技術については、必要とされる新しい市場に展開できる可能性があることに目を向けている。技術の活用先を新たに開拓していくことで長年培われた要素技術を残していくことに取り組んでいる。単に会社を生き延びさせるためではなく、「技術をつないでいく」ことを仕組みとして落とし込んでいるのである。
そして、その「技術をつなぐ」という点においては、必ずしも由紀ホールディングスの中だけにとどめる必要もない。例えば、現在、由紀ホールディングスのWebサイトでは、グループ企業として6社が掲載されているが、このうち日本超電導応用開発は、厳密には由紀ホールディングスとは切り離した経営となっている。この企業は、もともと明興双葉(2023年に株主が由紀ホールディングスから新昭和に変更)の1部門であった新規研究開発部門と細線関連技術を由紀ホールディングスが引き継いで生まれた。
しかし、この企業は現在は研究開発投資フェーズで研究開発費用の負担が大きく、由紀ホールディングス単体で支えるのが難しい状況になった。そこで、外部からの資金を受け入れることで、由紀ホールディングスの外に出し、そこで独自技術をつないで成長させる道を選んだという。「由紀ホールディングスのそもそもの思いが『技術をつなぐ』ということ。バランスを見ながらではあるが、由紀ホールディングスの外に出すことで成長できるのであれば、それを探るのは自然なことだ」と大坪氏は語っている。
技術を中心に成長を志向する会社にとっては、次の収益の源泉となりえる技術の芽を常に探し、育んでいくことは必須である。その技術を、既存ビジネスに影響を与えない方法で、内外を柔軟に見極めながら育てる仕組みも用意している点もユニークであるといえる。
一方、大坪流ホールディングスだからこそのリスクもある。ここまで見てきたように、事業軸で企業を束ねる一般的なホールディングスと技術軸で企業を束ねる大坪流ホールディングスでは、経営方法が大きく異なる。ただし、同じホールディングスという形態を用いているため、そこが理解されず、資金調達では苦労しているという。
具体的には、中小企業が一般的なホールディングスの形を取る場合、傘下の企業間の関連性が低い場合に各事業の強みが生かされず管理コストが増大するため、コングロマリットディスカウントとなる懸念を持たれることが多い。由紀ホールディングスでは、ディスカウントにならないビジネスモデルを形成しているにもかかわらず、一般的なホールディングスと分類され、借入の際の金利が非常に高くなり、投資資金の調達としては融資を選択しづらくなってしまっているという。
では、ファンドからの投資はどうなのかというと、ディープテック領域のイノベーションに出資をしてくれるファンドは日本ではまだ少なくそもそもの選択肢が少ない。さらに、出資先事業の兼業を認めないケースも多く、現在の由紀ホールディングスの業態と合わないという。
そこで大坪氏は、債券の発行による資金調達を現在は行っているという。とはいえ、調達できる資金の額には限度がある。大坪氏は「ボラティリティをバランスさせることをグループ内で行いながら、日本の優れた要素技術が生き延びる世界を追求することが目指していることだ。『こうすれば技術がつながる』という成功モデルを作りたいという思いだが、現時点ではまだ道半ばだ。資金調達には常に苦労し綱渡りのような経営となっている。もっと資金があればよいとは思うが、今の日本では、資金調達面で思い描くモデルに当てはまる姿がないのが課題だ」と胸の内を語っている。
大坪氏の挑戦は、日本の今後のモノづくり企業が存続するための課題を金融市場に投げかけているともいえる。
技能承継の観点で「日本の中小製造業の技術力をいかに残すか」という議論がここ最近、活発に行われるようになっているが、その多くはAI(人工知能)などにより、職人の持つ技術を形式知化して残していくという手法を語るだけで終わっている。
大坪氏の取り組みは、まずは技術を持つ人や企業が残れるようにするためにはどうするかを真剣に考えてのものだと強く感じた。人にひも付く技術を残すには、その技術を必要とする業界と分野を見極めて発信や提案をすることで、保持する人や企業を市場で稼げる形を目指す。由紀ホールディングスの持つエコシステムは、そのためのプラットフォームであろうとしている。
そして、発信を最適な市場に届けるための注目を集めるには、常にホットな話題も用意しつつ、新しい分野を切り開いていくことも必要だ。由紀ホールディングスでは、核融合や超電導など、最先端技術への挑戦を次々に進めているが、その点も由紀ホールディングスの求心力になっていると感じる。
市場変化の荒波を受けながらも「技術をつなぐ」を徹底して実現するための経営手法の一つの回答が、大坪氏が生み出した由紀ホールディングスだということが、大坪氏の話を聞いてあらためて理解できた。このようなエコシステムが、もっと増えていけば、日本中のモノづくり企業の隠れた要素技術が失われることなくしっかりと日本に残されていくのではないだろうか。
1991年に東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。経済産業省では日本の魅力を発信するクールジャパン政策や、日本のモノづくり産業支援政策などを推進。特許庁時代には、商標や意匠を活用したブランディング戦略や、技術情報などをベースとした知財戦略を支援した。その後、石川県の副知事となり、デジタル化、グリーン化などに取り組んだ。2025年から政策研究大学院大学 特任教授、金沢工業大学 産学連携室 客員教授を務める。
1988年に九州大学大学院を修了後、三菱電機入社。研究所にてリアルタイムネットワークの研究開発に従事。また、名古屋製作所でCC-Link IEの開発やe-F@ctoryの事業企画などを担当。情報技術総合研究所長、FAシステム事業本部役員技監として研究開発を統括した。2023年から早稲田大学研究戦略センター教授。ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)WG1共同主査(2022年度)、一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)理事などを務める。博士(工学)。
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