エコシステムを差別化と成長の糧にする中小製造業の勝ち筋――浜野製作所の挑戦製造業“X”探訪(1/3 ページ)

多くの製造業がDXで十分な成果が得られていない中、あらためてDXの「X」の重要性に注目が集まっている。本連載では、「製造業X」として注目を集めている先進企業の実像に迫るとともに、必要なものについて構造的に解き明かしていく。第1回は墨田区の浜野製作所を取り上げる。

» 2025年10月27日 08時00分 公開
[西垣淳子, 楠和浩MONOist]

 多くの製造業がDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいるが「新しい価値の創出」という本来目指すべき成果を実現できているところは少ない。その理由にはどういうことがあるのだろうか――。

 例えば、経済産業省、厚生労働省、文部科学省が毎年発行している「2025年版ものづくり白書」では、デジタル化のメリットとして「業務効率化」や「品質向上」「人手不足対策」についての価値が紹介されていた。しかし、「新規製品やサービスの創出」や「既存製品やサービスの高付加価値化」などの「新しい価値の創出」については、価値を実感しているという回答の割合が2〜3割程度と低く、まだまだ十分な成果を得られていない。

 こうした結果を見ると「デジタル化」と「変革」の2つに乖離(かいり)が見えてくる。DXは「D(デジタル)」より「X(変革)」にこそ、本質がある。つまり、デジタル化による変革よりも、市場における存在価値を高めるため企業としての在り方をどう変革するのかという点を深掘りすることが必要ではないだろうか。

 われわれが着目しなければならないのは、製造業がモノづくりの力をベースにどのように「X(変革)」に取り組んでいるのかという点だ。経済産業省でもDXを含む「CX(コーポレートトランスフォーメーション)」を推進すること訴えており、さらには「製造業X(※)とも言い始めている。デジタル化の有無に重きを置くよりも、新しい価値を生み出しているかどうかが何よりも重要だといえる。

(※)参考:経済産業省「グローバル競争力強化に向けたCX研究会 報告書

 では、「X」で成功している製造業というのは、具体的にどういう企業で、どのような取り組みを行っているのだろうか。本連載では、この観点から主に中堅/中小製造業を中心に「製造業X」を体現する企業のリアルな姿を紹介するとともに、製造業が自己変革を起こす「製造業X」に向かうために必要なものについて構造的に解き明かしていく。

本連載の趣旨

photo 政策研究大学院大学 特任教授の西垣淳子氏(左)と早稲田大学 リサーチ・イノベーション・センター 教授の楠和浩氏(右)

前石川県副知事で政策研究大学院大学 特任教授の西垣淳子氏と、早稲田大学 リサーチ・イノベーション・センター 教授の楠和浩氏が「製造業X」を体現している企業や現場を訪問し、次世代を担う製造業の変革の姿を紹介する。また、その姿がインダストリー4.0などで示された参照モデルの中で、どういう位置付けを担うのかを示しつつ、成功のポイントについて議論する。

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エコシステムでベンチャー支援を行う浜野製作所

浜野製作所の概要

photo 2014年に開設当時の「Garage Sumida」

 設立は1978年。「おもてなしの心」を経営理念とし、各種装置や機械の設計開発、多品種少量の金属加工を中心に幅広い業界、業種の課題解決を行っている。

 また、墨田区、早稲田大学、墨田区内中小企業と連携して開発した「電気自動車HOKUSAI」や下町の中小企業、海洋研究開発機構、芝浦工業大学、東京海洋大学などと共同開発した深海探査艇「江戸っ子1号」などでも知られている。

 2014年に製造能力を持たない企業でも設計から加工や組み立てを実施できるイノベーション開発拠点である「Garage Sumida」を開設し、そこからオリィ研究所やWHILLなど有力なスタートアップが生まれている。

 その経営方針については、学術研究の対象にもなっており、代表的な論文として「奥田他、”中小ものづくり企業の生き残り戦略 -株式会社浜野製作所の産学連携応用と両利きの経営の実現事例-“、VENTURE REVIEW No.37 pp.41-55 March 2021」や、「兼村、”なぜ「町工場」に高学歴人材が集まるのか?-浜野製作所を事例に-“、機械振興協会経済研究所小論文 No.26(2022年3月)」などがある。


 「製造業X」を体現する企業として、最初に思い当たったのが東京都墨田区の浜野製作所だ。まだ夏の暑い日に、東京都墨田区にある浜野製作所を訪ねた。浜野製作所といえば、赤いジャンパーにストロングポーズがトレードマークだが、これだけ暑いと代表取締役会長 CEOである浜野慶一氏もジャンパーを着ていなかった。取材は、本社にある共創拠点「Garage Sumida(ガレージスミダ)」で行った。ここは、多数の人が集まり、さまざまな議論が繰り広げられ、数々のスタートアップのインキュベーションポイントとなってきた舞台である。

 浜野製作所の取り組みは、中小製造業としては異色だといえる。もともと、大企業の下請け、とりわけ、4次から5次の下請けとして金属加工を担ってきた企業が、今ではインキュベーション拠点として、数々のモノづくりスタートアップを世に送り出し、モノづくりに悩む新規企業の“駆け込み寺”となっている。実際に浜野製作所の支援を受けたスタートアップ企業には、分身ロボット「OriHime」を展開するオリィ研究所、垂直軸型風力発電機のチャレナジー、パーソナルモビリティのWHILLなど数多くの企業がある。

 ただ、浜野製作所も“かつての”姿のままで、これらの多様なスタートアップ企業の製品を送り出せるようになったわけではない。これらの企業とともに成長を続けることで、企画、開発設計、試作、そして量産支援などを一貫して支援する“新たな製造業の姿”を実現してきた。浜野製作所がこうした変革を実現できたポイントとして「エコシステム」があると考えている。

 「モノ消費」から「コト消費」「トキ消費」へと人々の嗜好が変化するにつれて、モノづくりにおいても、その前段となる「コト」や「トキ」から企画しなければ、顧客が求める価値は実現できない。しかし、多くの製造業において効率化を極めている点、製品そのものが高度化している点で、モノづくり工程における役割の細分化と部分最適化が進んでおり、既存の製造業ではこれらの枠組みを超えて、包括的に考えることができなくなりつつある。

 一方で、スタートアップ企業は、社会課題を解決したいという志を持った人が立ち上げるケースが多く、「コト」や「トキ」を起点とした製品のアイデアや企画を持っている。しかし、それを一般に流通させられるモノの形に落とし込めないというのが実情だ。そのため、ニーズが細分化される多品種少量生産時代に対応するための方策の1つが「エコシステム」だというわけだ。

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