欧州保健データスペースの導入に向けた技術仕様の標準化とリアルワールドデータ海外医療技術トレンド(126)(1/3 ページ)

本連載第116回で取り上げた欧州保健データスペース(EHDS)規則が2025年3月、正式に発効したが、具体的な実装のための技術仕様を巡る動きが活発化してきた。

» 2025年12月12日 06時00分 公開
[笹原英司MONOist]

 本連載第116回で取り上げた欧州保健データスペース(EHDS)規則が2025年3月、正式に発効したが、具体的な実装のための技術仕様を巡る動きが活発化してきた。

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デンマークMedComが調整役を担うEEHRxF のxShareプロジェクト

 EHDSの中核的な構成要素に、「欧州電子健康記録交換フォーマット(EEHRxF)」(関連情報)がある。これは、EU域内で電子健康データを安全かつ相互運用可能な形で交換するために設計された、標準化された機械可読フォーマットであり、異なるソフトウェア、機器、医療提供者間での健康データの円滑な送信を可能にする。EU市民が自分の健康記録に簡単にアクセス/共有できるようにすることにより、専門医の診察や他国での緊急治療の際にも役立つ。

 欧州委員会の勧告(C(2019)800)(関連情報)では、この交換フォーマットの基盤となる原則と技術仕様が示されている。EHDS規則第15条第1項では、欧州委員会に対して2027年3月26日までにEEHRxFに関する詳細な技術仕様を定めた主要な実施法を採択するよう求めている。

 EEHRxFには以下の要素が含まれる。

  • 臨床情報を表現するためのデータ構造(フィールドやグループなど)を定義する調和されたデータセット
  • 電子健康データの一貫性を確保するためのコード体系と値
  • コンテンツ表現、標準、プロファイルなどを含む技術的な相互運用性仕様

 このEEHRxFの一環として、欧州連合の研究開発プログラム「ホライズンヨーロッパ」の支援を受け、2023年12月1日に発足したプロジェクトが、デンマークのMedComを調整役とする「xShare」(実施期間:2023年12月〜2026年11月、関連情報)である。xShareは、人々がEEHRxFを通じて、自身の健康データを共有できるようにする個人健康記録(PHR)の「Yellow Button」と業界向けラベルを欧州市場に導入することを目的としている。MedComは、デンマークの中央行政機関、広域圏行政機関、基礎自治体により共同運営されている非営利組織であり、同国内における医療/介護データ交換に不可欠な標準規格やICTインフラの整備に取り組んできた実績を有する。

 このうちYellow Buttonは、本連載第40回で取り上げた米国メディケア・メディケイドサービスセンター(CMS)の「Blue Button 2.0」(関連情報)およびその他の相互運用性プロジェクトに触発されて立ち上げられたプログラムである。2025年5月より、欧州CRO連盟(EUCROF)が、CRO、医療機関、EHRベンダー、デジタルヘルス企業など、本プログラムの早期参加者を募る「EUCROF xShare Open Call 2025」(関連情報、PDF)を展開している。

 xShareは、Yellow Buttonをワンクリックするだけで、人々が一般データ保護規則(GDPR)に基づく「データポータビリティの権利」を行使し、自身の健康データを機械可読な形式でダウンロードできるようにすることを提案している。これは、以前のInteropEHRateプロジェクト(関連情報)で行われた準備作業を引き継ぐものであり、EHDS規則の重要な構成要素となっている。図1は、xSphere Yellow Buttonのビジョンを示したものである。

図1 図1 欧州CRO連盟(EUCROF)xShare「Yellow Button」[クリックで拡大] 出所:European CRO Federation (EUCROF)「xShare Open Call 2025: Enabling Interoperable Health Data Sharing Across Europe」(2025年11月10日)

 図1に示す通り、Yellow Buttonは、以下のような項目を提供している。

  • 検査レポート
  • 退院サマリー
  • 患者サマリー
  • 医用画像レポート
  • 電子処方箋
  • 研究用IPS+(国際患者サマリー(IPS)の臨床研究や公衆衛生への二次利用向け拡張版)
  • ケアプラン

 Yellow Buttonには、検査報告書、医用画像報告書など医療機器がデータソースとして関わる項目が含まれている他、患者サマリーの研究/2次利用を想定したIPS+(関連情報)が入っている点が注目される。

 IPS+は、以下のようなユースケースを想定して設計されている。

  • 研究プロトコルの実現可能性評価
  • 研究参加希望者によるデータ提供
  • PHR/EHRからEDC(電子データ収集)システムへの連携

 またIPS+では、各データ要素に対して明確なマッピング仕様が定義されており、異なるEHRシステム間での相互運用性確保をめざすとともに、データの正確性・完全性・再現性を重視している。

 加えてIPS+は、以下のようなプライバシー/セキュリティ管理機能をサポートする。

  • 一般データ保護規則(GDPR)準拠の情報セキュリティ層を実装
  • FHIR Consentリソースを活用したインフォームドコンセント管理が可能
  • 患者が「誰に」「何を」「どの目的で」共有するかを制御できる

 Yellow Buttonには、欧州CRO連盟(EUCROF)、臨床データ交換標準化コンソーシアム(CDISC)など、臨床試験に関わるステークホルダーが参画しており、IPS+を介した臨床試験のデジタル化・効率化や、リアルワールドデータ(RWD)/リアルワールドエビデンス(RWE)への活用をにらんだ取り組みが進んでいる。

 本連載第123回で触れたように、EUでは、医療技術評価(HTA)規則の段階的適用が始まっており(関連情報)、新規医療製品開発にも寄与できるような技術仕様の標準化が期待される。xShareの調整役MedComのあるデンマークでは、臨床試験のワンストップ窓口となる官民連携組織「Trial Nation」(関連情報)を強化するとともに、各地域の分散臨床試験(DCT)環境を整備している。

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