図6に、実用的自動織機として1909年に完成した豊田式木鉄混製小幅動力織機(I式)を示す。
この自動織機に装備された「たて糸送り出し装置」は、連載第7回の図3で解説した1901年発明の特許第5241号「アンクル式たて糸送り出し装置」をさらに改良して、厚地織物も高品質で織れるようにした。また、「たて糸切断自働停止装置」などを装着して三十八年式動力織機をさらに改良し、能率と織物品質の向上を図った。その上安価でもあったので一層の好評を得た。この自動織機は6088台販売された。
図6(a)に示すようにトヨタ産業技術記念館の展示機は1909年ごろに作られ、愛知県知多郡の知多木綿の生産に使用されていたものを、1907年のカタログ写真、特許明細書を基に考証して複製したものだ。
図6(b)に示すように、フレーム上部には製造会社名の「豊田式織機株式会社」と特許番号の焼き印が付けられた。また、図6(c)にあるように、汽力織機に比べてシャットル制御装置が改良され、サイドレバ−などの「よこ打ち装置」をフレームの外側に配置し、保全/調整が楽にできるようにした。
さて、ここで上記の小幅動力織機を500台設置するための最小限の工場設置費用の概要を見ておくと、表6のようになる。建物と機械関係並幅織機以外に糸繰返機、管捲機、経巻機などの固定資本合計と運転資本とを合計して総資本額5万円という規模である。
| 項目 | 数量/仕様 | 金額(円/銭) |
|---|---|---|
| 工場敷地 | 1200坪 | - |
| 工場建物家屋 | 785坪 | - |
| 建物費(1) | - | 1,000円00銭 |
| 建物費(2) | - | 8,200円00銭 |
| 機械据付費 | - | 798円60銭 |
| 夜具板敷物 | - | 1,013円70銭 |
| のり付器具 | - | 1,060円00銭 |
| 炊事場用器具 | - | 212円50銭 |
| 事務所用器具 | - | 305円00銭 |
| 創業費及機械運賃 | - | 4円00銭 |
| 糸繰返機 | 500枠掛 | 110円00銭 |
| 管捲機 | 16台 | 162円50銭 |
| 経巻機 | 16台 | 2,000円00銭 |
| 並幅織機 | 500台 | 19,000円00銭 |
| 固定資本合計 | - | 38,999円30銭 |
| 運転資本 | - | 11,000円70銭 |
| 総資本額 | - | 50,000円00銭 |
| 表6 小幅動力織機500台設置工場設置費用 出所:豊田自動織機製作所「四十年史」から作成 | ||
表7に、小幅動力織機1台の製造に必要な資材と機材および経費を示す。小幅動力織機1台を製造するのに約33円かかり、できた工場でその1台を運用するのに38円かかる。また。表6からは、小幅動力織機1台の製造に必要な主な部品とそのコストを知ることができる。
| 項目 | 数量/仕様 | 金額(円/銭) |
|---|---|---|
| 12馬力汽機 | 1基 | 608円00銭 |
| 6寸(約18cm) 丸鉄シャフト |
240本 | 30円00銭 |
| メタル | 249個 | 750円00銭 |
| メタル取付棒鉄 | 500本 | 640円00銭 |
| 機械取付鉄棒 | 2,200本 | 190円00銭 |
| 革車(ビーム) | 530個 | 300円00銭 |
| カップリング※3) | 85個 | 800円00銭 |
| リンフ※4) | 16個 | 100円00銭 |
| 帯革(ビーム用) | 1,410丈 | 160円00銭 |
| 元革弐牧革六吋 | 50尺 | 200円00銭 |
| 元革車(ビーム) | 15個 | 500円00銭 |
| 土台用木材 | - | 1,032円00銭 |
| 管(くだ)※5) | 20,000本 | 775円50銭 |
| 筬(おさ)※6) | 750枚 | 50円00銭 |
| 綜絖(そうこう) | 500組 | 75円00銭 |
| 替え杼 | 500丁 | 120円00銭 |
| 替え経糸巻 | 250本 | 200円00銭 |
| 管捲用枠 | 1,000個 | 112円50銭 |
| 経巻用枠 | 5,000個 | 355円00銭 |
| 糸繰返機 | 500枠掛 | 110円00銭 |
| 管捲機 | 16台 | 162円50銭 |
| 経巻機 | 16台 | 2,000円00銭 |
| 並幅織機 | 500台 | 19,000円00銭 |
| 表7 小幅動力織機1台製造に必要な資材/機材、経費 出所:豊田自動織機製作所「四十年史」から作成 | ||
※3)カップリング(軸継手)とは、自動織機におけるモーターなどの駆動軸と、織機が動かす主軸などの従動軸を連結し、回転や動力を伝達する機械要素部品。また、駆動軸と従動軸の間の取り付け誤差(ミスアライメント)を吸収したり、衝撃や振動を和らげたりといった役割がある。
※4)自動織機用語における「リンフ(Linnhf)」は、一般的に自動織機に搭載されている「差し込み(さしこみ)機構」の一部、またはそれを制御する部品を指す。差し込み機構は、経糸(たていと)の間に緯糸(よこいと)を高速で差し込むことで布を織るための装置で、「リンフ」はこの緯糸の差し込み動作や制御に関連する部分を指す。
※5)管(くだ)とは、自動織機における緯糸を巻き付ける筒状の道具(ボビンや木管)のこと。シャトル(杼)に入れる緯糸の糸が尽きる前に自動で交換/補充して、織機を連続的に運転させることを可能にするためのもの。
※6)筬(おさ)とは、自動織機に取り付けられる金属(鋼鉄やステンレスなど)製の部品で、経糸を一定の間隔に整列させ、緯糸を打ち込む役割を果す。筬羽(おさば)と呼ばれる仕切りがくしのように並んでおり、この仕切りの数で経糸の密度が決まり、織る布地の経密度を決定づける。
図7に「豊田式鉄製広幅動力織機(L式)」を示す。この織機は1909年(明治42年)に完成した。
当時、需要が増えてきた薄厚広幅の輸出用綿布(広幅織物や厚地織物)を効率良く織るため、全鉄製の堅牢な構造となっている。日本の織布業の大規模機械工業化と、輸出用綿布の大量生産を実現した織機でもある。たて糸ビームには大量のたて糸を巻き取ることができるようになり、たて糸ビームの取り換え頻度が大幅に減少した。この自動織機は、1万5247台も販売された。
また、図7(b)に示すように、よこ糸織り尽くし時のよこ糸補充作業も大幅に減少させるためシャットルも大型化した。同時にシャットルの制動装置も改良された。
トヨタ産業技術記念館の展示機は1909年ごろに製作されたものだ。完全な姿で現存する全鉄製の織機としては日本で最も古く、貴重な資料の一つである。
図7に示したように、豊田式鉄製広幅動力織機(L式)の発明による織機の鉄製化の推進は、日本の機械工業の発展に大きく貢献した。しかし、経営の安定のために試験を省いて販売を急ごうとする豊田式織機と佐吉が徐々に対立を深める要因にもなった。
さて、図7に示した豊田式鉄製広幅動力織機(L式)において、広幅織物や厚地織物を効率良く織るために装備されていた「プッシングスライダー(基本型)よこ糸補充装置」について解説しよう。この装置の発明名称は自動杼換装置で、表4における特許17028号である。基本型と表記されているのは、1924年(大正13年)に世界最高性能の「豊田式G型自動織機」として完成する自動機の基本型という意味であり、豊田式G型自動織機ではその改良型が装備される。
図8に、プッシングスライダー式(基本型)よこ糸補充装置の外観や仕組みを示す。同装置では、よこ糸が無くなる寸前に、新しい杼を前から押し込んで旧杼を押し出し自動的に交換する自動杼換装置である。織機を止めずによこ糸を補給する。
上部から随時補充できる予備の杼を最大10丁まで装填(そうてん)可能なシャットルマガジン(予備杼溜)を備えており、よこ糸がなくなる寸前に、新杼がシャットルマガジンから自動的に押し出されて、旧杼と交換される。
図8(b)と(c)に示すように、(1)レースの前進時、ウェフトフィーラの先端はシャッ卜ル内木管表面のよこ糸に押され、後退し、(2)クロススピンドルを回転させ、フックとの接続を外す。よこ糸が無くなる寸前には、ウェフトフィーラの先端は木管の溝に入り、クロススピンドルは回転せず、ウェフトハンマのフックと接続し、(8)トランスミッティングロッドを介して、(3)ノッキングビルをV型ボルトに向かい合う位置まで引き上げ、杼換えを行う。
図8(c)の杼換誘導機構模式図の機構動作については、図8(d)〜(f)の模式図を使って詳細にしよう。図8(d)では、(1)レースが前進すると、(6)ノッキングビルが(9)ブロックに衝突し、押されて、(10)プッシングスライダーが(11)予備杼溜りの最下部にある(12)予備杼を押出す。
図8(e)では、押された(12)予備杼は(13)前側板を押し上げ、杼箱内に入り、よこ糸が無くなる寸前の(14)旧杼に衝突し、旧杼を押し出し、旧杼と交代する。図8(f)では、押された(14)旧杼が(15)後側板自ら押し開き、杼箱外へ落下する。
佐吉は、前回紹介したように米国人技師チャールズ・フランシスの指導の下で、ゲージや治具の設計、工程配置、精密加工技術を導入した。こういったモノづくりの基本技術体制「互換部品による標準化と量産」を構築することで、従来の職人依存型の製造から脱却し、工場全体での生産効率を飛躍的に向上させた。
1909年、豊田佐吉は鉄製織機の量産体制を本格化させ、製造技術の近代化に取り組んでいた。この年に発表された豊田式鉄製広幅動力織機(L式)は、前年の豊田式鉄製小幅普通織機(K式)に続く改良モデルであり、耐久性と操作性が大きく向上した。これらの織機は、米国式の製造思想、すなわち「互換部品による標準化と量産」を導入した工場で製造され、日本初の本格的な機械工業の基盤となった。
よって、このころの豊田式織機製の広幅鉄製自動織機は、プラット・ブラザーズの織機と比較して評価すると、全体的な性能差はほとんどなくなっていた。
また、1909年には広幅布用の鉄製広幅織機H式も開発され、輸入品と同等の性能を持ちながら価格は20%安く、国内外の紡績会社から注目を集めた。三重紡績や名古屋布工場などが試験導入を行い、帝国大学出身の技術者である真野愛三郎の指導の下、英国製と同等の性能を確認した。
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