この未来像は、単なる夢物語ではありません。アンケートで現場が期待した進化の方向性は、この「PLC Anywhere」を実現するための技術要素と重なっていますし、一部のメーカーは商品やサービスの提供を始めています。ここでは特に重要な3つの技術に焦点を当ててみましょう。
PLCの制御エンジンをハードウェアから分離する「仮想化」技術が、「PLC Anywhere」を実現するコア技術になるでしょう。
この技術は、まずPLCの「頭脳」をソフトウェアとして独立させ、PC上で動くソフトウェアPLCを生み出しました。そして、この「PLCの頭脳はソフトウェアである」という考え方が基本となることで、今度は現場にあるハードウェアPLCもまた、仮想空間上のソフトウェアと「ソフトウェア同士」として連携しやすくなるのです。
このつなぎ目のない連携は、制御設計やシステムの立ち上げの生産性を大きく向上させることが期待されます。また、この考え方は「デジタルトリプレット」との親和性も高いと言えます。デジタルトリプレットとは、現実世界を再現するデジタルツインに、人間の持つ知見やノウハウといった暗黙知を加えることで、よりリアルで実践的なシミュレーションや最適化を可能にする考え方です。
現場の知見をデジタル化して活用し続けるサイクルを生み出せれば、日本のモノづくりの強みである技能やノウハウの継承にもつながっていくことが期待できます。
PLCが収集した現場データをAIが解析し、予知保全や自律的な制御を実現する技術です。ここで活用されるデータは、実際の設備から得られるものだけではありません。
先述したデジタルツインは、AIを学習、検証させるための膨大なシミュレーションデータを生み出す、いわば「AIの学習を支えるシミュレーション環境」としての役割も担います。仮想空間で賢くなったAIが、現実世界のPLCをより高度な「判断役」へと進化させていくでしょう。
「PLC Anywhere」の考え方によってさまざまなな場所に点在し、AIによって賢くなったPLC機能も、互いに連携できなければ、その価値を十分に発揮できません。現場のハードウェアPLCが、クラウド上のデジタルツインやAIと安全にデータをやりとりする。こうした世界を実現するのが、OPC UAに代表されるオープンな連携技術です。
しかし、PLCが外部と「つながる」ことは、新たな脅威にさらされることでもあります。そのため、セキュリティの強化は、オープンな連携と表裏一体の、未来のPLCにとって不可欠な基盤になっていくでしょう。
本連載を通じて、PLCの現在、過去、未来を皆さんと一緒に考えてきました。今回私が提示した「PLC Anywhere」という未来像について、読者の皆さんはどのように感じられたでしょうか。
「その方向性に共感できた」という方もいれば、「先進的なメーカーは既に取り組んでいることで、新鮮味がない」と感じた方もいるかもしれません。あるいは、「PLCは今のままで十分だ、変わってもらっては困る」という、少し否定的なご意見を持たれた方もいらっしゃるでしょう。
私は、そのどれもが現場のリアルな声であり、尊重されるべき大切な視点だと考えています。
ただ、それでも私が未来の変化について語りたいのは、アンケートで示された「人の壁」や「技術の壁」といった課題が、これからのPLCを考える上で、見過ごすことのできないテーマになっていると感じるからです。34年間PLCと共に歩んできた私にとって、この変化はワクワクさせられる未来でもあります。
一方で、PLCがどんなに形を変えても、その本質は変わらないと信じています。PLCとは、現場で考え、工夫する人間の「知恵」を、機械に忠実に伝える道具です。そして、多くの現場の技術者にとって、そのキャリアの入り口となってきた存在でもありました。アンケートに寄せられた多くの声の中で、筆者が一番印象に残ったのが、ある方の言葉でした。
PLCからプログラミングを始めたが、意外と悪くないスタート地点だったかもしれない
私もPLCの開発で会社人生をスタートし、PLCの営業支援、商品企画/マーケティングと34年間かかわってきましたが、悪くないどころか、とても良いスタート地点だったと胸を張って言いたい気持ちです。
変わっていくPLCの姿と、変わらないPLCの本質。その両方が、これからのモノづくりを支えていく――。「PLC Anywhere」の時代は、ベテランの知見がより生かされ、そして若い世代がモノづくりの未来へ羽ばたくためのスタート地点であり続けてほしいと願っています。
この記事が、皆さんにとって、PLCとモノづくりとの関わり、そしてPLCの未来を考える上での一助となりますように。(連載完)
岡 実(Minoru OKA)
オカピー・パートナーズ代表/中小企業診断士/国家資格キャリアコンサルタント
制御機器メーカー(オムロン)に34年間勤務し、一貫してPLCを中心とした工場自動化機器に関わる。プロダクトマネジャーとして工場IoTや製造業のデジタル化を推進した後、2024年に退職し、個人事業を開業。
現在は、本業である制御システムセキュリティ(OTセキュリティ)のコンサルティングに加え、中小企業の経営・デジタル化支援、キャリア相談、生成AI活用セミナーなども手掛ける。日本OPC協議会マーケティング部会長(2016〜2022年)として、OPC UAの国内普及にも尽力した。
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