人類は古代から、観察と試行錯誤を繰り返し、知を発見し、共有しながら技術を進化させてきました。2000年を経てもなお残るローマンコンクリートは、偶然の発明ではなく、数世紀にわたる試行錯誤と制度/仕組み化の積み重ねによって実現されたものです。
紀元前2世紀頃には火山灰「ポッツォラーナ」を用いた水中モルタルが登場し、利用され始めたことが記録に残っています[2]。その後、紀元前1世紀には砂の種類ごとに異なる配合比が記録され[3]、また1世紀には陶片を混ぜる工夫が著述されています[4]。
これらは職人の暗黙知を言語化し、再現可能な知へと高める営みでした。2世紀初頭、パンテオンのドームをはじめとする大規模インフラにおいてこれらは本格的に社会実装されます。帝国規模の制度とインフラに定着するまでには、初期の導入から3世紀近くを要したワケです。優れた技術だけではなく、知識の体系化や標準化、制度整備といった多面的な進展が重なった成果といえます。
技術的側面を見てみると、ポッツォラーナを石灰や砂に混ぜることで、水中硬化や長期耐久性といった新しい性能を獲得しました。さらに瓦片や陶片を砕いて混ぜる工夫により、構造物の耐久性を向上させました。近年の分析では、ローマ人が高温混合を行い、石灰の一部を未反応の粒子として残すことで、後に水と反応して自己修復が進む仕組みを作り出していた可能性が示されています[5]。ローマ人がこの現象を分子レベルで理解していたわけではありませんが、観察と経験の積み重ねによって「結果的に」自己修復性を備えたコンクリートを生み出し、それを大域的に製造するに至りました。
コンクリートの性能は単純な材料の組み合わせだけでは決まりません。石灰と砂の配合比は河砂か坑砂かで異なり、粒径や水分量、混練の順序や温度条件などが強度や耐久性に影響します。ローマ人は用途に応じて要求性能を設定し、それぞれに品質の異なるコンクリートを使い分けていたとも言われています[6]。ローマ人は、実験と観察を通じて「レシピ×プロセス×環境」という多変量の最適化問題を経験的に解いていたワケです。
研究開発は、このように「性能を決める要因を多変量の関数として捉え、その解を探索する営み」を多分に含みます。今日では、科学的知見、データ、AIを結び合わせることで探索の高速化や原理レベルでの理解も可能になってきました。ただし、実験と観測を繰り返しながら試行錯誤を積み重ね、発見した知を継承していくプロセス自体は、古代から普遍的に続いています。
筆者は、"MI"をこの普遍的な営みを支える次世代の枠組みとして捉えています。研究開発における「不易流行」のアプローチとも言えます。不易に当たるのは観察と試行錯誤を積み重ねる営みであり、流行とは新しい技術や手法の導入です。単体の技術やツールに表層的に依存すると、単なる「流行」に流される懸念があります。近年の「何でも生成AI」といった風潮はその典型でしょう。
”MI”においては、計算科学シミュレーションや理論モデルを用いた因果理解の追求、機械学習やベイズ最適化によるデータ駆動的探索、さらに情報/知識の共有プロセスを通じた組織的学習の仕組みを組み合わせます。これらを束ねることで、技術的イノベーションとマネジメントイノベーションを同時に推進し、研究開発の持続的な成果創出基盤を築くことが可能になるはずです。
さて、研究開発における知の発見には、常に2つの視点が交差してきました。1つは理論から演繹的に進めるアプローチ、もう1つは経験やデータから規則性を見いだす帰納的なアプローチです。次回は、この2つの流れを手掛かりに、”MI”がどのように演繹と帰納を架橋し、探索と発見の枠組みを作り上げているのかを紹介していきます。(次回へ続く)
MI-6 取締役 Co-founder / miLab 編集長 入江満(いりえみつる)
東京工業大学・大学院(現:Science Tokyo)においてバイオインフォマティクスを専攻。総合シンクタンク、ITベンチャーを経て、当社共同創業。"MI"を基軸にした解析サービスおよびプロダクトの開発をけん引。現在は事業・プロダクト・R&Dの責任者として執行全般を統括。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.