CMEsの中核を成すのは、ERPソリューションとして世界でトップクラスの導入実績を誇る「SAP S/4 HANA」です。特にグローバル規模の大企業が採用しているERPソリューションとして知られます。しかしながらCMEsでは、多数の中小企業で共同利用できる共通プラットフォームとして構築しており、サブスク形態にすることで各社の利用コストを大幅に抑えています。
加えて、CMEsは販売、購買、在庫管理、生産、管理会計、財務会計など、どの企業にもある機能群で構成されていますが、サブシステムとしてMES(製造実行システム)やサプライヤーポータルとの連携も果たしています。広範なデータが一元管理されており、取引先の大企業と共通プロトコルでシステム間の連携が検討できる点も特徴です。
ERPを利用するには、これを運用する従業員がERPの仕組みを理解していることも必要です。先に挙げた中小企業にERPが普及しない理由の3つ目である「(3)社内人材」が関わってくるわけです。
CMEsには、利用する中小企業の担当者がCMEsを学べるよう学習コンテンツとして整備した「CMEsアカデミア」もあります。机上で学ぶだけでなく、仮想企業をベースに実機を触りながら理解を深め、導入まで進められるサービスとなっています。いわば「習うより慣れよ」という形式の実践的アプローチです。
単なるシステムの扱い方だけではなく、自分の部署のデータがどこからきて、どこにつながっていくのか、会社全体やサプライチェーンでデータをつないでいくことを意識できるようになります。経営者、現場担当者ともに苦手科目になりがちな「IT」を、モノづくり企業の真骨頂「現場で実践、習うより慣れよ」を生かして得意科目にしてしまおうという積極的な考え方です。
CMEsは地域を1つの単位として考えており、その地域全体を一体的に改善できるような仕組みでもあります。システム面をハードとするならば、人というソフトの面でも地域としてカバーできることを目指しており、現在は地場のベンダーが導入支援や運用を行う連携も進んでいます。
相乗り型プラットフォームならば、土台となるデータの共有が可能になることで、企業の垣根を超えた業務連携も実現しやすくなります。自社としての生産性向上を果たし、その先に地域の中小企業が連携してさらに生産性を向上させることができれば、大きな地域活性化へとつながるはずです。
CMEsが掲げる相乗り型というコンセプトは、福島県会津地方の中小製造業の経営者団体「会津産業ネットワークフォーラム(ANF)」との議論の中で生まれました。アクセンチュアの他、ソリューションベンダーのSAPや、日本初のコンピュータ理工学専門大学として知られる会津大学の識者を交えて討議を重ねた結果、何をやるにしてもまずは基幹業務のデジタル化こそ共通して必要という結論に至りました。そして、ゼロから基幹業務を設計するのではなく、アクセンチュアが世界中の大企業へ提供してきたERPのベストプラクティスや知見を取り入れることで、中小企業でありながら洗練された“業界標準”に乗っかるということも意識しています。
地域の中小製造業の活性化は人を呼び、働く人の定住を促進します。そして次の世代へと受け継ぐ暮らしづくりへとつながります。CMEsは、地域を元気にする起点になる産業を「算盤」で下支えするソリューションでもあるのです。
最後に、実際にCMEsを活用している事例をご紹介します。
精密機械部品加工を手掛けるマツモトプレシジョン(福島県喜多方市)と西田精機(福島県耶麻郡西会津町)はCMEsを導入し、それまでの経営課題であった「従業員は多忙に働いているのに、なかなか利益率が向上しない」という状況の改善に取り組んでいます。
両社ともに、まず重視したのは経営分析をしっかりとできるようにしたことです。例えば、マツモトプレシジョンでは正しいデータに基づく原価構造の可視化を前提とする業務推進を強化しています。一般的に大企業がERPを導入する際は、膨大なコストをかけてカスタマイズしますが、CMEsでは標準業務とその機能に自社の業務を合わせる運用がなされています。これはいわば「既製品の服に体を合わせる」ようなイメージです。
現場従業員にとっては慣れた業務を変更することになるので、初めは戸惑いや反発もありました。しかし両社とも経営トップが自ら現場への説明を重ね、データの可視化や原価管理高度化の重要性を説きました。ERP導入は全体最適化ですから、全社一丸となった取り組みでなければなりません。
全体がつながった業務となり、見たいデータが可視化されたことは、あらゆる業務の改善につながり、利益率の向上も実現しました。結果、両社は導入から1年間で給与を4%アップさせました。マツモトプレシジョンはその後も毎年給与をアップし、両社ともに継続的に成果を従業員へ還元しようとしています。
このように生産性を向上させ、従業員もメリットを享受できる営みが全国に広がっていくことは、まさにソーシャルインパクトだといえます。都市圏の大企業並みの給与水準を地方中小企業が提供できれば、地元の学校を卒業した若者の就職先となり、UIJターンの受け皿となり、ひいては「地方の深刻な人口減少」という社会課題に中小製造業で地方に人を増やすという新たな解決策にしたいと考えています。
地方の中小企業の経営者は孤独です。全国で経営者と対話する「壁打ち」をしていると、大都市圏と比べて身近に先行事例が少なく、経営とデジタルの使いこなしを指南してくれる人も少なく、腹を割って話せる相談相手もなかなかいないという悩みを打ち明けられます。筆者らは、CMEsをツールとして「匠/売/算盤」のバランスの良い経営の実現をお手伝いし、地方製造業に寄り添う取り組みにひたむきにまい進していきたいと思います。
次回はCMEsによるカーボンフットプリント算出にフォーカスを当てて紹介します。気候変動の最中、CO2排出量削減は不可避です。大企業に選ばれる取引相手でい続けるために、環境に配慮した製造業のあり方を検討します。(次回に続く)
相川 英一(あいかわ えいいち)
アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 マネジング・ディレクター。インテリジェント ソフトウェアエンジニアリング サービスグループ兼アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター統括。主に自動車や機械製造、物流、小売といった製造・流通業のSI開発やシステム刷新、合併・統合など大規模プログラムでプロジェクトマネジメントを担当する。特に自動車業界向けのコネクティッド領域など先進技術を活用した案件を得意領域とする。
佐々木 学(ささき まなぶ)
アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 アソシエイト・ディレクター。2008年アクセンチュアへ入社し、一貫して大手製造企業の基幹業務改革・システム構築プロジェクトに従事。企画から構築・運用まで幅広い経験を有し、構築に携わったプロジェクトはすべて稼働のうえ安定化までやり遂げている。2019年から中小製造業の面的生産性向上プロジェクトであるCMEsを立ち上げ、全体リードを務める。
鈴木 鉄平(すずき てっぺい)
アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 シニア・マネジャー。アクセンチュア・イノベーションセンター福島、アクセンチュア・アドバンスト・テクノロジーセンター仙台。慶應義塾大学法学部法律学科卒業、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。日系、外資系コンサルティングファームを経て2018年アクセンチュア入社。2020年東京から出身地の仙台にUターン移住。以後CMEsプロジェクトに従事、全国の中小製造業経営者への普及啓発リードを務める。
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