なぜプロセス用フィールドバスは広く普及しなかったのか産業用ネットワークのオープン化の歴史(3)(2/3 ページ)

» 2025年02月27日 08時00分 公開

プロセス用フィールドバスに求められる機能

 フィールドバスとは、製造現場の検出器、操作器と制御機器間をつなぐリアルタイム性を持つネットワークです。つまり、現場の温度計が120℃を検出したらその温度の値をそのままデジタル信号で制御機器に伝達すればよいのです。

 データだけをやりとりできればよいので、通信としてやることは簡単そうですが、プロセス用のフィールドバスにはその他にも、幾つか求められる機能があります。

1. データの更新周期

 制御という観点からみると、制御に使うデータはリアルタイムで送ることが望ましいわけです。しかし、デジタル通信を使うと、データをデジタル形式で表現した上で1ビットずつ順番に送信しなければなりません。

 データは通常16ビット整数や、32ビット浮動小数点の形で表現されますので、厳密に言うとこのビットを順番に送るだけでも時間の遅れがでます。一応、この遅れは工場の制御、監視に影響が出ない短い周期以下でデータを送れば問題ないだろうとされています。

 プロセスオートメーションでは、制御機器の計算周期は多くの場合、1秒程度です。そして、圧力や流量の制御によっては、これより早い周期での制御の計算周期を要求される場合もあります。

 筆者の経験では、定量制御(決められた容量の液体をタンクに入れるなど)などでは特別早い周期が必要なことがありますが、これは大体、プロセス用制御コンピュータであるDCS(Distributed Control System)でない別の定量設定器を使うので、DCSでは早くても100ミリ秒くらいの制御周期、または200ミリ秒程度の制御周期を幾つかの制御ループで使えれば、あとの制御の計算周期は1秒でも制御できます。

 DCSの処理能力が低かった1980年代の初めは、温度の制御は8秒周期くらいでやっていたケースもあるくらいです。

 ということで、プロセス用フィールドバスのデータの更新周期も多くは1秒以内であればOKとされています。ただし、制御周期が早いところは100ミリ秒から200ミリ秒で通信の周期を回したいところです。

2. 2線式伝送

 1960年代からプロセス産業の現場計器は信号線と電源線が共通、つまり2本の配線で信号線と電源線をまかなう構成を採用しています。

 この背景にはプロセス産業は石油精製所のように敷地が大きな工場があるので、現場機器への電源線、信号線を2本ずつ合計4本使用するより、共用の2本線として配線量を少なくしてケーブル費用を削減したいという理由がありました。

 信号としては4〜20mA(0%時の信号が4mA、100%時の信号が20mA)が一般的です。古くは10〜50mAという流れもありました。ということは、信号値が0%となる、最も供給電力の少ない信号4mAという小さな電流でも、現場計器が動かなくてはいけません。

 フィールドバスの採用時にもこの希望は生きていて、プロセス用のフィールドバスは2線式伝送で動くことになっています。つまり、限られた電力パワーでも動作できる機器が必要になります。

3. 本質安全防爆

 石油精製、化学、食品の工場などは製造現場で可燃性の気体が発生する可能性があります。そのため、現場で使用する機器はこのようなガスの発火源にならない(火花を発生させない)ことが求められます。

 フィールドバスの場合、具体的には現場機器に供給する電圧、電流を制限することで防爆(本質安全防爆)を実現します。ただ、「電圧、電流を制限する」ことは、機器に供給できるパワーが少なくなることであり、フィールドバス1つの系統に接続できる機器の個数が減ります。

 デジタル通信を採用するメリットの1つは、複数の機器を1本のフィールドバスにつなげること(マルチドロップ)による省配線、コスト削減です。接続できる機器数が減ることはデジタルネットワークの魅力を減らします。

 2線式伝送を行うため、また本質安全防爆に対応するために、プロセス用フィールドバスはIEC61158-2で規定された31.25kbpsの物理層※3を使用しました。このIEC61158-2の規格がファクトリーオートメーション用フィールドバスと大きく違うのは、通信速度が31.25kbpsという遅い速度であることです。

※3…正確には、IEC61158-2の物理層は、Foundation Fieldbus、PROFIBUS PAに使う31.25kbpsの仕様だけでなく、規格内の他のフィールドバスの物理層仕様も含まれている。そのため、31.25kbpsの物理層をMBP(Manchester-encoded, Bus Powered)と呼ぶこともあるが一般的ではない。そのため本稿では、「31.25kbpsの IEC61158-2で規定された物理層」と表記することで区別している。

 現在、工場で多く使われているイーサネットは通常100Mbpsや1Gbpsで動いていますので、その違いは明白です。この遅い速度のために、データの更新周期を上げるのに限界が出てきました。

 まとめると、プロセス用フィールドバスは、信号線と電源線が共用となる31.25kbpsという速度でありながら、プロセスオートメーションに求められるリアルタイム性を満足させ、本質安全の規格を満足する小電力で動作し、長距離配線や複数機器を設置することで発生する電圧降下にも耐えられるという仕様が求められました。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.