欧州の航空宇宙分野で名を馳せるRTOS「PikeOS」の出自はL4 Kernelにあり：リアルタイムOS列伝（52）（1/3 ページ）

IoT（モノのインターネット）市場が拡大する中で、エッジ側の機器制御で重要な役割を果たすことが期待されているリアルタイムOS（RTOS）について解説する本連載。第52回は、欧州の航空宇宙分野で広く利用されている「PikeOS」を紹介する。

[大原雄介，MONOist]

　「PikeOS」はドイツのSYSGOが提供するリアルタイムOS（RTOS）である（図1）。こちらはクローズドソースの商用製品であるが、DO-178C DAL A、ECSS Cat. A、EN 50128/50657 SIL 4、ISO 26262-6 ASIL D、IEC 61508 SIL 3とさまざまな機能安全の認証を取得しており、またカーネルについてもCommon Criteria EAL 5+の認証を取得するといった具合に安全性の確保にかなりのリソースをつぎ込んだことを特徴としている。それもあって、こうした機能安全が必要とされる用途向けに、広範に利用されている。

図1　「PikeOS」のWebサイト［クリックでWebサイトへ移動］

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組み込みLinuxベンダーのSYSGOが開発

　SYSGOは1991年にKnut Degen氏によって創業されたソフトウェア企業だが、当初はLinuxベースの組み込みソフトウェア開発などを行っていた。実際1990年代、同社は連載第30回で紹介したLynxOSをベースとしたソフトウェア開発を行っていたらしい。

　ただこれだとソフトウェア企業というか受託開発企業以上にはなれないわけで、そのあたりからの脱却を狙ってか、2000年にElinOSと呼ばれるLinuxベースの組み込み開発環境をリリースし、以後はこのElinOSをベースにソリューションの提供を開始するようになる。こちらは既存のLinuxカーネルをベースに組み込み向けとしたディストリビューションにIDE（統合開発環境）を組み合わせたパッケージで、さらに必要に応じて追加のコンポーネントをSYSGOから提供することも可能とされている。LynxOSも産業向けに堅牢さやセキュリティ対策を施していることなどを特徴としていたが、ElinOSもまたこうした特徴を持つことになった。

　ドイツElektronik誌が毎年行っている“Products of the Year”の2003年版で、ElinOS 2.2がembedded systems部門のProduct of the Yearを獲得したことが報じられているあたり、順調に顧客にも受け入れられつつあったと判断してよいかと思う。

　これに続き2005年にSYSGOが投入したのがPikeOSである。ElinOSはあくまでLinuxベースだから、LinuxのAPIを使ってのアプリケーションしか構築できないが、組み込みの世界では必ずしも大多数ではない。またElinOSはLinuxカーネルベースに一部リアルタイム機能を組み込んだものだから、ハードリアルタイム的な用途にはちょっと厳しい。また、セキュリティなどを考えた場合、そもそもハイパーバイザーなしで使うという構成は柔軟性に欠ける。この辺りを考慮してだろうか、2005年にSYSGOはPikeOSを開発する。

　実はこのPikeOS、L4 Kernelをベースとしたものである。L4は連載第19回で紹介しているが、L4そのものは大学（カールスルーエ大学やドレスデン工科大、NICTAなど）で開発されていたオープンソースのもので、これをベースにOKLabsのOKL4やらNICTAのseL4が開発されて提供されたわけだが、SYSGOは当初L4 Version 2.0をベースにPikeOSおよびハイパーバイザーが提供されることになった。

　このPikeOSの話より先に、少しSYSGOの話を済ませてしまいたい。PikeOSも順調にユーザーに受け入れられることになり、2008年にはエアバスのA350XWB向けのDO-178Bのレファレンスプラットフォームとして採用されたりしていた。そんなわけで順調に市場を開拓していったSYSGOであるが、2011年11月にフランスのThales Groupに買収される。幸いなことにこの買収でSYSGOの事業部門が分解されたりすることはなく、丸ごとThales Groupの子会社となり、またSYSGOのブランドも引き続き維持されることになった。この後も各種の機能安全規格の認証を取得しつつ、2021年にはPikeOS for MPUを追加し、現在に至っている。