IoT(モノのインターネット)市場が拡大する中で、エッジ側の機器制御で重要な役割を果たすことが期待されているリアルタイムOS(RTOS)について解説する本連載。第30回は、軍用や航空宇宙向けを中心に一定のシェアを確保しているRTOS「LynxOS」を紹介する。
今回ご紹介する「LynxOS」は、日本ではあまり使われていない(一応代理店は存在する)ように思うが、海外ではそれなりにメジャーなリアルタイムOS(RTOS)である。といっても、顧客リストの中にはデンソーの名前もあるから、それなりにご存じの方もおられるかもしれない。本連載第1回記事のRTOS一覧でも名前が出ていることからも分かるように、軍用あるいは航空宇宙用を中心に、それなりのシェアを確保しているRTOSである(図1)。
LynxOSの開発元はLynx Software Technologiesである。もっとも、この社名になったのは2014年と比較的最近のこと。創業は1988年で、当時はLynx Real-Time Systemsという社名だった。もう社名から分かるようにリアルタイムシステムの開発を専門にビジネスを行っていた。この時点で同社はRTOSを事業の中核にしており、Linuxはほとんど手掛けていない。
ところが同社は2000年7月末、ISDCorp(Integrated Software & Devices Corporation)を買収する。ISDCorpは1994年創業で、LinuxやWindRiver SystemsのRTOS「VxWorks」を得意とする、やはり組み込み向けのソリューションを提供する企業であり、1999年にはLinuxのKernel 2.2.1をARM7に移植し、これを「Royal Linux」という組み込みLinuxとしてリリースしている。このRoyal Linuxはその後、PowerPCやMotorolaの68K/Coldfire、MIPSなどにも移植されている。こうしたリソースを手にしたことで、Lynx Real-Time Systemsは組み込みLinuxのマーケットにも進出することになる。
余談であるが、ISDCorpがターゲットとした最初の製品は、Cirrus Logicが提供していたARM7ベースのMaverick Processorファミリーだった。これに先立ち、1998年10月に同社はCirrus LogicのPCグラフィックスソフトウェアのチームを丸ごと買収している。最近ではオーディオとミックスドシグナル関連の製品しかリリースしていないCirrus Logicではあるが、過去にはPC向けグラフィックスチップのビジネスを行っており、1992〜1994年ごろはかなりのシェアを持っていた。ただ後継製品に恵まれなかったというか、開発に失敗した結果として1996年に同社はデスクトップPC向けグラフィックスの市場から撤退している(ノートPC向けは引き続き供給)。おそらく、PCグラフィックスソフトウェアチームを買収した1998年10月というのは、残っていたノートPC向けビジネスから撤退した時期なのだろう。
この結果として、そのCirrus LogicでグラフィックスやPC向け製品担当のGeneral ManagerだったArt Swift氏はISDCorpにCOOとして移籍し、そこからさらにLynx Real-Time Systemsによる買収後も同社のCOOを務めることになる。その後は、x86互換CPUで一世を風靡(ふうび)したTransmetaのCEOや、MIPS TechnologyのVP Marketing、最近だとWave ComputingのCEOなどを歴任し、現在はRISC-VベースのAI(人工知能)アクセラレータチップを手掛けるEsperanto TechnologiesのCEOを務める、業界では有名な名前がここで出て来たのにはちょっとびっくりである(というか、Transmetaの創業者としてさらに有名なDavid Ditzel氏のSun Microsystems時代の部下であり、その後はDitzel氏の後始末役になっている気がするという意味で有名か)。
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