核融合発電とは? 優位性や安全性などの基礎を解説核融合発電 基本のキ(1)(3/3 ページ)

» 2024年09月11日 08時00分 公開
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核融合発電に必要な条件

 ここでも第1世代のD-T反応を例に話を進めます。なお、第2世代以降はさらに条件が厳しくなります。核融合反応を起こすことは、粒子加速装置を使えば、さほど難しいことではありません。既に静電界を使って重水素を加速し核融合を起こす、可搬型の中性子発生装置が商品化されているぐらいです。

 しかし、このような装置は、電力を使って、無理やり核融合反応を起こしているだけで、エネルギー発生装置ではありません。核融合発電を実現するためには、現実的な大きさの装置の中で、多大な電力を消費することなく、エネルギー(例えば、電力)を発生しなければならないのです。

 そのためには、水素を1億℃まで加熱した「プラズマ」という状態を作る必要があります。プラズマというのは、固体、液体、気体に続く「物質の第4の状態」のことで、原子から電子が剥ぎ取られ(電離し)、原子核(またはイオン)と電子が別々に自由に飛び交っている状態です(図5)。身近では、稲妻、オーロラ、炎の一部、蛍光灯、ネオン管などがプラズマ状態になっています。

図5 プラズマは物質の第4の状態で、原子から電子が剥ぎ取られて、原子核(イオン)と電子が自由に動き回る 図5 プラズマは物質の第4の状態で、原子から電子が剥ぎ取られて、原子核(イオン)と電子が自由に動き回る[クリックで拡大]

 核融合発電に必要な1億℃といえば、太陽中心の1500万℃より高い温度です。このとき原子核の速度は秒速1000kmにもなり、この速度で原子核同士が衝突すると、電気的な反発力に打ち勝ち、原子核同士が融合します。つまり核融合発電の第1の条件は、水素のプラズマを「1億℃」という超高温にすることです。

 次はエネルギー発生率の観点からの条件です。1気圧の水素ガスを単に1億℃に上げてしまうと、1018W/m3という莫大なエネルギーが発生します。しかし、100万kW(109W)の発電所を作るのに1018W/m3のエネルギー発生率というのは莫大過ぎで、非現実的です。

 今の技術では、せいぜい108W/m3が現実的で、10m3程度の大きさで109Wのエネルギーを発生するような装置を考えなければいけません。そのために、粒子密度を下げる、つまり最初のガス圧力を大幅に下げるという方法が考えられました。体積や時間を小さくするのがレーザー核融合ですが、ここでは磁場核融合の話をします。108W/m3となる条件を計算すると、粒子密度はせいぜい1020個/m3となります。

 これは常温常圧の分子密度の30万分の1で、一昔前なら真空と言ってもよい状態です。従って、核融合発電の第2の条件は、粒子密度を「1020個/m3」にすることです。粒子密度を下げることは、磁場で粒子を閉じ込める観点からも好都合でした。1億℃で1020個/mm3のプラズマの圧力はせいぜい4気圧で、この程度の圧力であれば、金属ではなく磁場の容器で閉じ込めることができるのです。

 核融合発電には、さらにもう1つ重要な条件があります。プラズマは真空中においても、完全な断熱状態にはできません。逃げ出す熱が、発生するエネルギー(実際には発生エネルギーの内、プラズマを再加熱する分)を上回ると、何もしないとプラズマの温度はどんどん下がっていき、1億℃のプラズマを定常的に維持できません。

 そこで、熱の逃げを表す指標として「閉じ込め時間」を定義します。プラズマの持つエネルギー(温度×密度)が、熱や粒子の逃げによって減少していく時定数です。この時間が「1秒以上」でないと「1億℃」で「1020個/m3」のプラズマは長時間維持できないし、エネルギーを取り出すこともできません。

 ここで、閉じ込め時間と、プラズマを維持している時間(保持時間)は全く異なるものなので注意してください。核融合発電では当然、24時間、365日、プラズマは維持されていなければなりません。核融合しているプラズマ(核融合プラズマ)では、発生するヘリウム原子核のエネルギー(全発生エネルギーの20%)が熱の逃げを補って(プラズマを追加熱して)、プラズマの温度を維持します。

 以上をまとめると、核融合発電に最低限必要な条件は図6の通りになります。この温度、粒子密度、閉じ込め時間の積を「三重積」と呼び、核融合プラズマの性能を示す重要な指標になります。現在、この条件を達成している磁場閉じ込め方式の実験装置は存在しませんが、開発の成功には近づいています。

 例えば、国際協力でフランスに建設中の国際熱核融合実験炉「ITER」と、米国のスタートアップであるコモンウェルス・フュージョン・システムズが建設中の施設「SPARC」がこれを達成する予定です。レーザー方式の装置では、定義が異なるものの、米国ローレンスリバモア国立研究所の国立点火施設(NIF)が、発電に必要な三重積をこの数年で達成しました[参考文献1]。

図6 核融合発電の三大条件 図6 核融合発電の三大条件[クリックで拡大]

核融合発電の必要性

 世界の一日の平均気温(日平均気温)が、この7月22日に17.16℃を記録し、観測史上最も高かったことが、欧州連合(EU)の気象情報機関「コペルニクス気候変動サービス」の分析で分かりました[参考文献2]。

 図7は過去50年間の日平均気温の最高値のトレンドです。明らかに地球の気温は増加しており、このままでは2016年に発効したパリ協定の目標である「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃以内に抑える」を達成できるとは思えません。経済活動を維持しながら温暖化を抑制するためには、核融合発電の実現が急務なのです。

 さらに将来を見据えると、化石燃料資源が尽きるまでに、持続可能で基幹となる新エネルギー源を確保する必要があります。核融合発電はその最も有力な候補です。70年という研究開発期間を費やしても、いまだ実現していないのは事実ですが、ここで諦めるわけにはいきません。みなさまのさらなるご理解とご支援(技術面も含めた)を得て、早期の実現を目指したいと思います。連載第2回では、具体的な発電システムを紹介しますので、製造業のみなさまにも興味ある内容になると思います。

図7 過去50年間の日平均気温(世界)の最高値の変化。コペルニクス気候変動サービスのデータを参考に作成。 図7 過去50年間の日平均気温(世界)の最高値の変化。コペルニクス気候変動サービスのデータを参考に作成。[クリックで拡大]

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筆者紹介

自然科学研究機構 核融合科学研究所/総合研究大学院大学 高畑一也(たかはたかずや)

大阪大学工学部原子力工学科卒業。1989年同大学大学院博士課程中退し、文部省核融合科学研究所(当時)に勤務。世界最大級の超伝導プラズマ実験装置、大型ヘリカル装置の設計・建設に従事する。現在は、自然科学研究機構 核融合科学研究所 超伝導・低温工学ユニットおよび総合研究大学院大学 先端学術院 核融合科学コース 教授。また、広報室長を兼任し、核融合のアウトリーチ活動を牽引している。


参考文献:

[1] S. E. Wurzel and S. C. Hsu: “Progress toward fusion energy breakeven and gain as measured against the Lawson criterion,” Phys. Plasmas 29, 062103 (2022): doi: 10.1063/5.0083990
[2]https://climate.copernicus.eu/new-record-daily-global-average-temperature-reached-july-2024


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