市場に素早く応えるため カシオ計算機が全社を挙げた調達DXに挑む製造業のデジタル調達戦略 2024 夏 講演レポート

ライブ配信セミナー「製造業のデジタル調達戦略 2024 夏〜予測不能な市場に対応する調達業務の革新〜」で実施した、カシオ計算機の矢澤篤志氏による基調講演を紹介する。

» 2024年08月30日 07時00分 公開
[長町基MONOist]

 MONOistは2024年7月24日、ライブ配信セミナー「製造業のデジタル調達戦略 2024 夏〜予測不能な市場に対応する調達業務の革新〜」を開催した。本稿ではその中から「サプライチェーン強靭化×DXで実現する調達業務の変革」をテーマとしたカシオ計算機 デジタルイノベーション本部 シニアオフィサー 開発・生産領域DX担当の矢澤篤志氏による基調講演の一部を紹介する。

調達のデジタル化が進まない国内製造業

 近年、コロナ禍の影響によるサプライチェーンの変動や、グローバル市場における競争激化が企業に大きな課題を突きつけている。従来のサイロ化された業務プロセスや社内に閉じたシステム構造では、これらの変化に対応することが難しくなってきた。講演では同社の事例を交えながら、調達業務の柔軟性と高度化を実現する方法について解説した。

カシオ計算機の矢澤篤志氏 カシオ計算機の矢澤篤志氏[クリックして拡大]

 調達領域のデジタル化の現状を見ると、2022年の調査において調達から支払いまで(S2P)のソリューション導入率は日本では約3割、グローバルでは約4割となっていた。また、最も重要な戦略的プロセスである調達から契約まで(S2C)のデジタル化率は日本では約2割、グローバルでは3割強という結果で、他の領域と比べると日本のデジタル化は遅れている。

 原因は基幹システム(ERP)の調達領域における機能不足や、共通EDI(電子データ交換)の適用可能範囲が国内だけで業務的にもカバー範囲が狭い点などが挙げられる。共通EDIの課題については、特にグローバル調達への対応可能な範囲に問題を生じさせる。そのため、品目ごとに業務は属人化され、Excelなどの多用によりブラックボックス状態であり、加えてコロナ禍でさらに業務負荷がかかり、本来の戦略業務にかける時間が得られなかったことなどとみられる。

 アフターコロナの時代を見据えて、オンライン社会への移行やDX(デジタルトランスフォーメーション)といったメガトレンドが急激に顕在化した。そして、世界中でライフスタイルやワークスタイルが一変し、企業が客にどう近づくかが求められてきた。さらに、サプライチェーンを取り巻く環境も大きく変化している。

 こうした時代において、プロダクトアウト型の製造体制や、組織ごとのサイロ化が解消されない状態では、消費者のニーズに素早く応えてモノづくりすることが困難だ。この点にカシオ計算機も経営全体で危機感を募らせており、従来の部門ごとの改善ではなく、全社を挙げたDXの必要性を感じていた。

調達業務をプラットフォームで完結させる

 こうした課題認識の下、カシオ計算機ではDX部門が中心となり、全社バリューチェーンをつなげる改革に取り組んできた。プロダクトアウトではなくマーケットイン型の組織への移行と、また、組織単位の情報のサイロ化からの脱却を目指した。

 改革の内容は、調達/生産/物流、あるいは顧客の接点までを含めた「サプライチェーン改革プロジェクト」、商品の企画/開発/設計/量産開始まで開発部門と生産部門が連携した「PLM改革」、さらにグローバルレベルの顧客接点再構築を行うことでEC流通の拡大やマーケティングデータの一元化、マーケティングツールの一元化などを実現する「デジタルマーケティング」という3つのテーマの推進となっている。

 この中で調達領域に関しては、社内のERPと連携した業務基盤の「CSCP(Casio Supply chain Collaborative Platform)」を構築し、社内のデータと取引先とのやりとりを効率化した。最初に手掛けたのは日々の発注情報と、それに対する取引先の納期回答/変更情報に関わる業務効率化だ。

 この他、実際に部品が工場に入荷した際の入荷情報を一元化し、取引先とリアルタイムにやりとりができるシステムを開発した。ERPやPLMなどとデータ連携ができるツールを用意し、SaaSのアプリケーションをベースに取引先とのやりとりを可能にした。エンジニアリングチェーンの上流にある部品の見積もりや図面の共有も同プラットフォームに乗せて、資材調達の業務を一元的にデータプラットフォームの中で完結できる形にした。

 システム開発にあたっては、国内外の中小事業者も含め全サプライヤーとの「共創」を実現するため、社内ユーザーやサプライヤーの使い勝手を徹底的に追求している。どの国でも使えるアプリケーションにするため、海外でのさまざまな帳票類に対応できるよう帳票のフォーマットは固定化していない。さらに、多くの中小事業者にとってシステムの開発は負担となることから、サプライヤーの無償利用を前提としてできるだけ負担がかからないようにもした。

システムの開発そのものより時間がかかったもの

 DX戦略を進めるためには組織運営とデジタル人材の育成が大きなポイントとなる。矢澤氏も「一番苦労した部分」としている。これまで矢澤氏は部門長や工場長、物流の責任者らによる組織運営を束ねる役割を担っていた。しかし、DXのプロジェクトを進める際には、それらに加えてDXに関するプランニング、DXで実現するためのKGI(重要目標達成指標)、KPI(重要業績評価指標)設定、要件定義、プロジェクトマネジメントが大きな課題となる。本部にはこうした機能はないことから、現場のマネジメント層を中心に推進することが重要になった。

 プロジェクトは現状調査(As-Is調査)から開始し、プロセス定義やBPMN(Business Process Model and Notation)に関する現場メンバーへの教育、サプライチェーン、エンジニアリングチェーンによる自組織以外への業務プロセスの現状調査などを行った。これを基にシステム構築の要件定義を進めていき、システムの「設計図」を作る。

 それにより初めてシステム開発に移る。「この設計図を作るということがDXの中でもっとも重要なタスクとなる。このような形で、徐々に現場でプロセス改革を進める人材を育てて、実行できるようになった。だが、これはシステム開発以上に時間のかかる取り組みとなった」(矢澤氏)としている。

 最後に矢澤氏は調達領域のDXに必要な事項を次の通りまとめた。DXを進めるためには、経営陣も参画の上で改革のグランドデザインを作り、その中でKGI/KPIを作成する。それを実現するための組織、体制を用意し、その上で、アサインされた担当者を教育し、現状のプロセスの可視化からTo-Beモデルを作っていく。

 完成品メーカーだけでモノづくりは完結しない。パートナー(サプライヤー)も含めたデジタル化の在り方を考える必要がある。さらに、開発の初期段階でコスト、品質の8割を決めるエンジニアリングチェーン領域の改革が重要となるため、エンジニアリングチェーン領域のプロセス改革とフロントローディングでの3D活用が重要となる。ERP、PLMのパッケージ製品だけではECM、SCM領域の業務の最適化はできないことから、自社業務をカバーするツールとそれを内製化するための教育が必要だ。

⇒その他の「モノづくり最前線レポート」の記事はこちら

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.