溶接部の疲労強度(その2)CAEを正しく使い疲労強度計算と有機的につなげる(11)(5/6 ページ)

» 2024年08月22日 09時00分 公開

パリス側と下限界応力拡大係数範囲

 き裂は、荷重が作用するたびに進展します。1回の荷重によるき裂進展長さを「き裂進展速度」と呼び、da/dN[m/cycle]と表記されます。破壊力学では応力拡大係数範囲ΔKを使います。これは前述した応力範囲Δσと同じように応力拡大係数の最大値と最小値との差です。応力拡大係数範囲ΔKが大きいほど、1回の荷重によるき裂進展長さは大きくなります。この関係を「パリス側」といいます。グラフで表すと図17のようになります。

応力拡大係数範囲とき裂進展速度の関係 図17 応力拡大係数範囲とき裂進展速度の関係[クリックで拡大]

 図17で注目したいのは、き裂進展速度がどんどん小さくなるような応力拡大係数範囲ΔKがあることです。つまり、「き裂進展量は無視できる」ことになります。このとき、応力拡大係数範囲を「下限界応力拡大係数範囲ΔKth」といいます。応力比がゼロより大きい条件、つまり、き裂が開口しっぱなしの条件で2〜3[MPa]くらいの大きさで、鉄鋼材料なら鋼種を問わないといわれています。

 今まで、鉄鋼材料の無限回の荷重に対して疲労破断しない応力振幅を「疲労限度」といってきましたが、疲労限度と前述した下限界応力拡大係数範囲ΔKthとは密接な関係があります。違いとしては、疲労限度の場合、鋼種が変わると異なる値になることです。

応力拡大係数の計算例

 この章のあらすじは以下の通りです。

  • すみ肉溶接部をき裂と捉える
  • ΔKが下限界応力拡大係数範囲ΔKthよりも小さければき裂は進展しないため、ΔKがちょうどΔKthになるような荷重を求める
  • この荷重から、のど断面の応力レンジを求める
  • 参考文献[5]の応力打ち切り限界を持ってくる
  • ΔKthから求めた応力レンジと、参考文献[6]の応力打ち切り限界を比較する

 参考文献[5]によると、下限界応力拡大係数範囲は2.4[MPa√m](77[MPa√mm])です。連載第10回で計算した曲げ荷重が作用するすみ肉溶接継手の応力拡大係数範囲を求めてみましょう。荷重変化を0〜1400[N]とすると、1400[N]のときの応力拡大係数が応力拡大係数範囲となります。「ANSYS」だと簡単に応力拡大係数が求まります。図18に解析モデルを、図19に解析条件を示します。図19左図のようにしてソフトにき裂の位置を教えます。

解析モデル 図18 解析モデル[クリックで拡大]
解析条件 図19 解析条件[クリックで拡大]

 図20に応力拡大係数の計算結果を示します。応力拡大係数範囲は2.4[MPa√m]となり、ちょうど下限界応力拡大係数範囲と同じ値となりました。

応力拡大係数の計算結果 図20 応力拡大係数の計算結果[クリックで拡大]

 荷重は1400[N]だったので、このときののど断面の応力を計算すると57.1[MPa]でした。連載第10回で述べた応力範囲の打ち切り限界は23[MPa]でしたので、2倍ちょっとの差が出ました。少し考察してみましょう。図21に、すみ肉溶接継手のS-N線図を再掲します。

溶接継手のS-N曲線 実験値をプロット 図21 溶接継手のS-N曲線 実験値をプロット[クリックで拡大]

 溶接継手の疲労強度はばらつき幅が大きく、2〜4倍はよくあることで、図21もばらついています。そして、応力範囲の打ち切り限界はばらつきの下限で決まっています。仮に、応力範囲の打ち切り限界をばらつきの中央値で決めましょう。黄色の線となり、50[MPa]くらいです。下限界応力拡大係数範囲(2.4[MPa√m])はばらつきの中心値と推測されるので中央値同士で比較すると、下限界応力拡大係数範囲から求めた応力レンジ(のど断面の応力手計算値57.1[MPa])と、溶接疲労試験の実験値から求めた応力レンジ(図21の黄色の線)はそこそこ一致し、両者は矛盾のない関係となります。

 常温の鉄鋼材料、オーステナイト系ステンレス鋼、アルミニウム合金では、公称応力ベースの強度基準があるので、応力拡大係数を使った強度評価の必要はないのですが、高純度アルミ、チタン合金などは豊富なデータがないため、応力拡大係数を使った強度評価が必要になると思います。また、液体ヘリウムや液体窒素近傍の温度で使用する材料(参考文献[6][7])は常温よりも強度が高いのですが、ギリギリの線で設計するときは下限界応力拡大係数を使った評価が必要になります。

参考文献:


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