外部からの刺激や環境の変化で形成/分解が可能な積層型ナノファイバーを開発研究開発の最前線

福岡工業大学と東京大学は、ナノシートとさまざまなカチオン物質を組み合わせ、これらを弱い引力で集合させる新しい手法により、サステナブルで多様な機能を持つ積層型ナノファイバーを開発したと発表した。

» 2024年06月11日 07時30分 公開
[遠藤和宏MONOist]

 福岡工業大学と東京大学は2024年6月6日、マイナス電荷を持ちサイズがそろった極薄のシート状物質であるナノシートと、プラス電荷を持つさまざまなカチオン物質を組み合わせ、これらを弱い引力で集合させる新しい手法により、サステナブルで多様な機能を持つ積層型ナノファイバーを開発したと発表した。

 この研究/開発は、福岡工業大学大学院 工学研究科生命環境化学専攻 准教授の宮元展義氏と東京大学大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻 教授の加藤隆史氏の共同研究グループが務めた。

研究の概要

 炭素繊維(カーボン)などに代表されるナノファイバー材料は、超高強度で軽量のプラスチック材料といった機能素材を製造するために利用されている。しかし、要求される複数の機能や特性を持つナノファイバーを自在に作り出すことは難しく、合成には多量のエネルギーが必要で分解やリサイクルが困難などの問題もあった。

 これらの問題を解消したのが積層型ナノファイバーだ。積層型ナノファイバーは、マイナス電荷を持つナノシートとプラス電荷を持つカチオン物質が数nm間隔で交互に積層して形成されている。多様なナノシートとカチオン物質を組み合わせることができるため、多様な化学組成と機能を持つナノファイバー材料の合成が可能だ。

積層型ナノファイバーのイメージ 積層型ナノファイバーのイメージ[クリックで拡大] 出所:福岡工業大学

 また、積層型ナノファイバーが方向をそろえた状態(液晶状態)になることも発見されており、この特性を利用することで、生物のような階層的な構造を持つ材料の合成にも対応する。さらに、積層型ナノファイバーは外部からの刺激や環境の変化によって形成させたり分解させたりできるため、

リサイクルも容易で環境中で無害化させることも可能だ。

 これらの特性から、積層型ナノファイバーは、サステナビリティを備えたフィルター、触媒、高強度プラスチックなどへの応用が期待される。

研究の詳細

 今回の研究では、マイナス電荷を持ち、大きさが精密に制御されたナノシートを合成し、溶液中でそれらの間に弱い引力を作用させるという新しい方法によって、ナノシートを細長いファイバー形状に組織化することに成功した。合成直後のナノシートは、カチオン物質であるテトラメチルアンモニウムとともに、水中に均一に分散した状態だった。この溶液を濃縮していくと、ナノシートが横方向をそろえながらカチオン物質と交互に積層し、積層型ナノファイバーが形成されはじめる。

 さらに濃縮すると、積層型ナノファイバーが自発配向したカラムナーネマチック液晶(流動性がありつつ、良く並んでいる状態)となり、さらにナノファイバーが束になった積層型ナノファイバーバンドルとなった。逆に溶液を薄めると、元の組織化する前の状態に戻った。

 この様子は、真空中のサンプルに電子ビームを照射しその透過像を観察する透過型電子顕微鏡や、物質にX線を照射したときの散乱の様子を解析することによって微粒子の形と構造を調べる小角X線散乱測定などによって、明らかにされた。文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業で東京大学に設置されている透過型電子顕微鏡を利用し、合成直後のサンプルでは、菱形のナノシートが観察された。

透過型電子顕微鏡によるナノシートおよび、それが集合した積層型ナノファイバーの観察像 透過型電子顕微鏡によるナノシートおよび、それが集合した積層型ナノファイバーの観察像[クリックで拡大] 出所:福岡工業大学

 濃縮したサンプルをクライオ型透過型電子顕微鏡で観察すると、ナノシートが1.7nm間隔で積層して形成された長さ数十から数百nm、太さ十nmのファイバーが直接観察された。小角X線散乱法による観察でも、ナノシートが積層してファイバー形状になったことが示された。2枚の直交した偏光板の間にサンプルを置いて観察するクロスニコル観察では、カラフルな干渉色を伴った模様が見えたことから、積層型ナノファイバーが自発配向した液晶状態になっていることが分かった。

液晶状態の積層型ナノファイバー分散液のクロスニコル観察写真と模式図 液晶状態の積層型ナノファイバー分散液のクロスニコル観察写真と模式図[クリックで拡大] 出所:福岡工業大学

 加えて、カチオン物質を元のテトラメチルアンモニウムから、他の物質に交換することにも成功し、これによってナノファイバーの特性や微構造を調整したり機能化したりできることが示された。実際に、小角X線散乱測定ではナノシートの積層間隔がカチオン物質のサイズに応じて変化することが明らかになっている。ルテニウムビピリジン錯体というカチオン物質を導入した場合、発光特性をもつ積層型ナノファイバーバンドルが形成され、蛍光顕微鏡によって観察することができた。

発光特性を持つ積層型ナノファイバーバンドルの蛍光顕微鏡観察像 発光特性を持つ積層型ナノファイバーバンドルの蛍光顕微鏡観察像[クリックで拡大] 出所:福岡工業大学

 積層型ナノファイバーの形成メカニズムは、古典的な理論で説明できるという。合成直後の状態では、ナノシートのマイナス電荷に起因する斥力によって、ナノシートは均一に分散している。溶液を濃縮すると、高いイオン濃度の影響でこの斥力が遮蔽(しゃへい)され、反対にナノシート間に弱い引力(ファンデルワールス力や静電引力)が作用するようになる。この引力によって、ナノシートが横の位置をそろえて積層したと両者は考えた。

 このようなメカニズムが明らかになり、他の方法でナノシート間に弱い引力を作用させても、積層型ナノファイバーやバンドルを形成できると両者は予想した。そこで、ナノシートが水に分散した分散液にエタノールを追加したところ、ナノシート間の引力が増加し、長細いバンドルを形成。カチオン物質としてテトラブチルアンモニウムを用いた系では、温度変化によってバンドルが形成/分解された。

温度変化によるナノファイバーバンドルの形成 温度変化によるナノファイバーバンドルの形成[クリックで拡大] 出所:福岡工業大学

研究の背景

 今回の研究で目指したのは、分子よりも大きい「コロイド粒子」を構造単位として組織化していく「超コロイド化学」だ。両者はこれまで、極薄のシート状ナノ物質であるナノシートを構成単位とした「超コロイド材料」の開発に取り組んできたが、従来のナノシートは大きさや形が不ぞろいであるため、組織化して形成される構造の精密化や機能化には限界があった。また、ナノシートに限らず、コロイド粒子をナノファイバーのような細長い構造に組織化することは難しく、報告例もほとんどなかった。そこで、両者は今回の研究/開発に着手した。

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