超臨界流体技術の進展がリチウムイオン電池リサイクル工業化の決め手になるLIBリサイクルの水熱有機酸浸出プロセス開発の取り組み(4)(4/4 ページ)

» 2024年06月13日 07時00分 公開
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2-2 超臨界二酸化炭素による金属単離

 水熱酸浸出および二酸化炭素金属単離に基づく新規湿式精錬を社会実装するためには、回収した金属の組成や純度が電池材料として使えるものなのかも検討しなければならない。

 そこで、著者の研究グループでは、リサイクル企業や正極製造メーカーなどの協力企業に訪問しヒアリングを通して、求める金属の組成や純度を事前に調査した。なお、金属の組成制御と正極材料の純度を高めるためには、湿式精錬以前に機械的に選別するなど、前処理が重要となる。協力企業に訪問しヒアリングした結果、正極に用いる各種金属は事前にある程度分離できることが分かった。

 さらに、著者の研究グループが開発したプロセスで回収した金属を正極材料として受け入れ可能かをヒアリングしたところ、電池としての動作が保証されている必要があることが判明した。従って、前処理プロセスと後処理(正極前駆体へのポストプロセス)を組み合わせて、全体を通した検討が必要であると再認識した。

 そこで、これらのニーズに対応するため、名古屋大学の後藤氏の研究チームにて、超臨界二酸化炭素による単離手法の適用を検討した。具体的な検討結果の概略を示す。超臨界二酸化炭素によりリチウムイオン電池の正極活物質が溶解したクエン酸水溶液から配位子を添加することでコバルトが濃縮可能かを検討した。具体的には、2,2,6,6-Tetramethyl-3,5-heptanedione(THD)とAcetylacetone(ACAC)を配位子とした。

 なお、水溶液サンプルは上記の正極活物質を溶解させたクエン酸水溶液である。コバルトとニッケルの錯体の超臨界二酸化炭素への溶解度は図6に示すように、CO2の密度とともに増加するが、THD錯体に比べてACAC錯体の溶解度は1桁以上小さい。ニッケルのACAC錯体の溶解度に対するデータは、ほとんど存在しないので測定する必要がある。ACACは水に溶け、安価で入手しやすいが、THDは水に不溶で、高価であることも考慮する必要がある。

図6 金属錯体の二酸化炭素への溶解度と流体密度の関係 図6 金属錯体の二酸化炭素への溶解度と流体密度の関係[クリックで拡大]

 図7の半回分装置による検討において、配位子を添加しない場合は超臨界二酸化炭素により金属類は全く抽出されないことを確認した。ACACを用いた場合には抽出率が低く、抽出温度が60℃、圧力が15MPaでの抽出率が図8に示すように2%以下となりほとんど金属が超臨界二酸化炭素に回収されなかった。配位子をTHDとして抽出した結果、コバルトが選択的に抽出されたため、コバルトとニッケルの抽出率に大きな差が見られた。

図7 超臨界二酸化炭素による溶解度測定実験装置 図7 超臨界二酸化炭素による溶解度測定実験装置[クリックで拡大]
図8 半回分抽出装置での抽出率 図8 半回分抽出装置での抽出率[クリックで拡大]

 本手法のスケールアップと分離の向上を目指して、図9に示す向流接触型の流通式小型連続抽出器により抽出挙動を検討した。

図9 向流接触型連続抽出器 図9 向流接触型連続抽出器[クリックで拡大]

 ACACを配位子として実験した結果を図10に示す。図10をみると、高圧になるほど流体密度が高くなり、金属錯体の溶解度が増加するため、抽出量が増えたことが分かる。40MPaではコバルトの抽出率は90%程度となった。一方、ニッケルについても抽出率は比較的高いため、両者の分離はそれほど高くなかった。

図10 向流接触型連続抽出器 図10 向流接触型抽出装置での塔上部からの抽出率[クリックで拡大]

 また、向流接触型抽出装置では、抽出塔を長くして、蒸留塔のように内部還流を利用することで分離性能を上げることが可能である。抽出挙動は液相の水素イオン濃度の(pH)に大きく依存するため、原料液のpHを下げることで、両者の分離を大幅に向上できる可能性は高い。さらに、本抽出系ではクエン酸が含まれており、配位子との錯体形成反応および抽出挙動へのクエン酸の関与は解明されておらず、今後、クエン酸の挙動や錯体の詳細な分析から、それを解明する必要がある。これにより、コバルトとニッケルの分離ならびに他の金属種からの分離も向上できる。

 なお現状、超臨界二酸化炭素による金属単離の研究は進められていない。しかし、上記のように超臨界二酸化炭素により溶解度差を利用し金属を単離できる可能性は十分に高いと考える。高圧技術である超臨界二酸化炭素は従来、高価な技術として敬遠される傾向にあったが、この技術への要望や期待は、GX(グリーントランスフォーメーション)への注目が集まるにつれて、再度高まっている。この技術の応用利用として最先端複合材料の循環利用への適用は十分理にかなっていると考える。

 著者が所属する東北大学大学院工学研究科附属超臨界溶媒工学研究センターは、1992年に設立されて以降、何度かの波を乗り越えながら、ここに至り、寄せられる要望の数はこれまでの比ではない。このことからも、それほど遠くない将来に、我が国においても、多くの分野で超臨界流体技術の再ブームが訪れ、それは単なるブームに終わらず次々の実用化されるようになるものと感じている。

 前回の第3回では、水熱/超臨界技術がリチウムイオン電池のリサイクル以外にもプラスチックリサイクルやバイオマス変換にも用いられる技術であることから、次回(第4回)では水熱条件の応用利用について説明すると予告していた。その後に、これまで取り組んできた研究プロジェクトの思惑や得られた結果、その後の展開について紹介するとしていた。しかし、順番を入れ替えここでリチウムイオン電池のリサイクルに超臨界流体技術を適用した「JST未来創造事業の実施内容」を紹介した。次回、現在検討を続けているERCA研究の概要を伝え、最後の第6回で水熱/超臨界技術におけるリチウムイオン電池のリサイクル以外の用途について説明することとする。

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筆者代表紹介

東北大学大学院工学研究科 附属超臨界溶媒工学研究センター 化学工学専攻 教授 渡邉賢(わたなべまさる)

東北大学大学院工学研究科附属超臨界溶媒工学研究センターにて、水熱・超臨界水を反応・分離媒体とした重質油改質、廃プラスチックリサイクル、バイオマス変換の研究を推進するとともに、超臨界二酸化炭素を反応・分離溶媒とした天然物からの有価物回収や二酸化炭素固定化反応に関する検討を進めている。化学工学会会員。The International Society of the Advanced Supercritical Fluid副会長。



参考文献:

[1]後藤元信、超臨界二酸化炭素および亜臨界水による抽出分離、冷凍、92、1075、36-41、2017
[2]Martin Grutzke、Xaver M¨onnigho¨ff,Fabian Horsthemke、Vadim Kraft、Martin Winter and Sascha Nowak、Extraction of lithium-ion battery electrolytes with liquid and supercritical carbon dioxide and additional solvents、RSC Adv.、2015、5、43209-43217
[3]相川達也、渡邉賢、相田卓、Smith Jr. Richard L.、硫酸、硝酸およびクエン酸を用いたコバルト酸リチウムの水熱酸浸出、化学工学論文集、43、4、(2017)、313-318.
[4]東大輝、相川達也、平賀佑也、渡邉賢、Richard Lee Smith Jr.、クエン酸を用いたコバルト酸リチウムの水熱酸浸出における速度論解析、化学工学論文集、45、4、(2019)、147-157
[5]柴崎絢祐、東大輝、渡邉賢、平賀佑也、Richard L.Smith Jr、宮崎秀喜、実リチウムイオン電池廃棄物に対する水熱法を用いた構成金属の有機酸浸出、化学工学論文集、46、5、(2020).167-175


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