従来の湿式酸浸出では、水溶液中に抽出したリチウム、コバルト、ニッケル、マンガンなどを回収するためには、液液抽出(溶媒抽出)法や電解採取など、複数のプロセスを組み合わせる必要がある(図1)。
この場合には、高価な有機配位子の活用や複数設備(ミキサーセトラー、逆抽出槽、電解採取槽)が必要という大きな課題がある。特に、水溶液と有機溶媒を用いた溶媒抽出法は、溶液間の接触表面積に依存して金属イオンが移動することで分離が可能なことから、接触表面積のサイズが極めて重要となる。処理溶液の量に合わせて、接触表面積を大きくするためには、設備をスケールアップする必要がある。また、金属イオンの移動速度は、それほど速くないことから、この単離プロセスを改良しなければ、コストの負荷が少なく合理的なリチウムイオン電池完全循環システムの構築は成し得ない。
そこで、著者を研究代表とし、分担者として名古屋大学 教授の後藤元信氏(2024年度より名古屋大学名誉教授、超臨界技術センター 取締役)を加えたプロジェクトチームを構成し、科学技術振興機構(JST)未来創造事業で検討する機会を得た。ここでは、液液抽出法の課題を解決すべく、超臨界二酸化炭素を用いて水熱クエン酸浸出溶液の単離プロセスの確立を目指し、名古屋大学の後藤氏の研究チームに中心となっていただき、検討を実施した(図2)。超臨界二酸化炭素は、溶媒としてヘキサンなどの有機溶媒と同程度の溶解力を持ちながら、気体と同程度の拡散性を有し、液体同士の場合と比較して数百倍の物質移動を確保することができる。
そのため、装置サイズのダウンや処理時間の短縮が可能となる。さらに、超臨界二酸化炭素は、金属錯体を単離した後、大気圧に解放することで気体として容易に回収できる。このことから、再利用はもちろんのこと、単離した後の金属錯体をそのまま固体として回収することもでき、後処理が容易だ。回収した金属錯体のサイズと処理スペースも小さくできる可能性も高い。
超臨界二酸化炭素を利用したプロセスの開発に関しては、さまざまな研究機関が多くの金属イオンを対象に金属イオン錯体の高効率抽出プロセスの開発を続けている(図3)。同プロセスの反応抽出機構については、錯形成反応、相平衡、溶解速度の観点から理論的な検討が行われている(図4)【参考文献1】。
そうした知見を応用し、著者がプロジェクトリーダー(PL)となって採択されたJST未来創造事業プロジェクトでは、名古屋大学の後藤氏の研究チームに中核となっていただき、リチウムイオン電池を水熱クエン酸浸出させた水溶液から、超臨界二酸化炭素抽出法により各種金属イオンを分離精製するとともに、リチウムイオン電池から電解質を回収する方法の構築を目指した。超臨界流体抽出法は、天然物のグリーン溶媒抽出法として実用化が進んでおり、金属イオンの選択的抽出法としても注目されている。
溶媒として活用した超臨界二酸化炭素は、金属イオンとキレート剤により有機金属錯体を形成する。この有機金属錯体に選択的分離抽出を行うことで、リチウムイオン電池から回収された金属イオンの単離、精製を行えると期待している。抽出された有機金属錯体を金属とキレート剤に分離することで、キレート剤の再利用も可能となる。
併せて、リチウムイオン電池内の電解質については、ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF6)などのリチウム塩とエチレンカーボネートといった有機溶媒から構成されており、超臨界二酸化炭素の優れた浸透性を利用することで、電池のセルケースを破壊することなく、効率的な抽出が可能となることも期待できる(図5)【参考文献2】。これらの研究は、著者がPLとなって採択されたJST未来創造事業プロジェクトでは、名古屋大学の後藤教授の研究チームにおいて概念実証(PoC)を達成した後、物理的に容易に各部位を分離できる前手法と電池構造の確立に貢献し、リチウムイオン電池の完全循環システム構築を一層加速させるとみている。
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