サステナブルなモノづくりの実現

グリーン溶媒と水熱条件の基礎知識、LiFePO4からリチウムを回収する流通式水熱装置LIBリサイクルの水熱有機酸浸出プロセス開発の取り組み(2)(1/2 ページ)

本連載では東北大学大学院 工学研究科附属 超臨界溶媒工学研究センターに属する研究グループが開発を進める「リチウムイオン電池リサイクル技術の水熱有機酸浸出プロセス」を紹介する。第2回ではグリーン溶媒と水熱条件の基礎知識や著者の研究室で利用している流通式水熱装置について紹介する。

» 2024年04月10日 08時30分 公開

グリーン溶媒とは?

 化学プロセスの多くは流体を扱う。蒸留や抽出、晶析などの単位操作では対象となる流体に含まれる成分の物性差を利用して分離が実施される。こうした単位操作に関しては、化学産業が石油産業から新しい資源循環系に変遷しても、流体の取り扱いが化学プロセスの中心を占める。

 流体の歴史について振り返ると、1980年代頃から、溶液と呼ばれる流体の中心を占める溶媒の1つとしてCO2が注目されるようになる。これは、CO2の臨界温度が室温に近い31℃であり、臨界圧力も73気圧とそれほど高くないことが要因だ。CO2は常温常圧では気体もしくは、ドライアイスという固体または炭酸という水中での溶解種か無機化合物の形態である。これらの状態を見てもCO2が流体の主体となりいわゆる溶媒となるとは思えない。しかし圧力を維持すれば液体のCO2は室温付近で存在し、31℃で73気圧を超えた状態では超臨界流体として特殊な溶媒となる。

 化学物質が環境に与える影響について、公害問題が引き起こされた1970年代から世間の耳目を集め始めた。その後、オゾン破壊など人工的な化合物が地球環境に多大なる影響を与えることが発見され、内分泌撹乱物質も環境中に流布していることが明らかにされると、ますます化学物質の危険性が懸念されるようになった。

 状況をこれ以上悪化させないようにすべく、化学に環境適合性が求められるようになった。1998年、これを体系的にまとめた化学産業が目指すべき環境調和型技術の指針が、グリーンケミストリー(Green Chemistry)という呼称とともに、それを体系化した12原則[1]として発表された。

 環境調和型および持続可能な化学産業に必要な考え方がグリーンケミストリーもしくはグリーン・サステナブル・ケミストリー(Green Sustainable Chemistry)であり、その中核にあるべき溶媒は、グリーン溶媒(Green Solvent)と呼ばれ、国際的な学会の名称にもなった。

 グリーン溶媒は明確には定義されていないが、環境や人体に与える影響を極力排した溶媒をここではそのように定義したい。この観点で、水、CO2、イオン液体がそのカテゴリーにある。

 また、完全なるグリーン溶媒ではないかもしれないが、有機溶媒の種類や使用量を低減できる混合溶媒も、グリーン溶媒技術とすることが多い。食品加工に利用できる溶媒として、エタノールやヘキサンが認められているが、この溶媒としての性質を、超臨界CO2や水を共存させることで制御させる技術などがグリーン溶媒技術の具体例である。

最重要の溶媒「水」より広く活用できる水熱条件

 グリーン溶媒の1つである水はその環境調和性については言うまでもないが化学的に安定であるとともに、水素結合による特殊性から、唯一無二の溶媒として人々の生活を支えており産業でも最重要の溶媒である。

 大気圧プロセスにおいて水は沸点である100℃を超えない条件で用いられることが多く、常温であれば水、100℃程度まではお湯や熱湯という言葉で呼ばれる。1気圧での100℃の水は通常沸点の状態であり沸騰する。この状態では水は内部から気泡を発しながら水蒸気として環境中に散逸する。

 水が100℃で沸騰するのは水の蒸気圧が100℃で1気圧と等しくなり、1気圧の空気により押さえつけられていた水がその圧力に打ち勝つ運動エネルギーを得ることで、完全に気体状態の水(水蒸気)になるからである。

 通常沸点以上の温度の水を得ようとするならば、その蒸気圧に耐え得る圧力容器内で蒸気圧と同じ圧力を容器内圧力として利用する。こうすれば、水の臨界温度は374℃、臨界圧力は218気圧なので200℃でも300℃でも所望の温度の液体の水を得ることができる(図1)。このような100℃以上の液体の水を伝統的に水熱条件と呼ぶ。

図1 水の状態図:気体―液体―超臨界流体 図1 水の状態図:気体―液体―超臨界流体[クリックで拡大]

 水熱条件の利点としては、まず温度が高いことにより運動エネルギーが高く化学反応が加速される点がある。続いて、高温における水の物性変化による溶解性と反応性の変化である。当然、水熱技術はグルーンケミストリーの12原則にある“溶媒、分離剤などの反応補助物質はできる限り使わない”もしくは“もし使っても無害なもの”に基づくグリーン溶媒技術である。

 水熱技術に関しては、1980年代に米国において超臨界水酸化反応技術の開発が精力的に進められ、その波及効果として基礎研究とそれに基づく実証研究が世界各国で実施された。現在最も精力的に実証/実用化が進められている水熱技術の分野はグリーン溶媒である。加えて、脱炭素化に向け消耗品から再生可能資源の利用への大転換を果たす重要な技術として、バイオマス変換に対する水熱技術の開発が存在する。

 すなわち、水熱技術は酸触媒を用いることなくセルロースの加水分解を進められる点が評価され、バイオマス/リファイナリを目指すべく、その基礎研究[2〜3]に加え実用化の検討[4]がなされている。

 その他、ヘミセルロースやリグニンの分解に対する水熱条件の水の有用性が確認されている[4〜5]。この技術の特徴を把握し、適用範囲拡大やその普及を目指し筆者は、炭素資源(プラスチック、重質油、バイオマス)変換に加え、本連載の対象としている廃棄リチウムイオン電池(LIB)材料などのリサイクルを対象とし、基礎研究からプロセス実証の検討を進めている。

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