さて、体制について駆け足で診断結果を眺めてきたわけですが、全体をまとめる形で少し私見を述べさせてください。
企業におけるCAEは、設計業務を支援するという基本的な役割がありますので、自社の製品構成や業態に応じ、どのように支援すれば最も効率的かという観点で、集中型にすべきか、分散型にすべきかを検討しなければなりません。
一般に、単一製品を開発している企業では、技術開発力を集約させるために集中型が多い傾向にありますが、何年かのサイクルで設計部門に展開されて設計活用を促進させるために分散型へ移行するケースも見られます。
以前の総合電機産業や重工産業のように(こういう呼び名も今は昔ですね)全く異なる製品を事業部単位で開発している場合は、自ずと分散型の組織になるわけですが、そうなると技術ノウハウの共有や流通性が失われてしまいます。そういった状況を補い、むしろ強みにするために、CAEの技術開発や委託を実施する横断的な部署や情報交換会があったりします。そのような組織がある企業と、ない(ように見える)企業とでは、CAEの活用力や底力が大きく違うように感じます。
筆者が最適設計やロバスト設計技術の啓蒙(けいもう)活動をしていた時期に、1年間のシリーズ的な勉強会をある企業で実施したところ、全国のさまざまな事業部から何十人ものCAE関連エンジニアや設計者が集まって、毎回非常に活発な議論になりました。
勉強会を一緒に企画/運営したのは、その企業の本社 研究開発部門のCAEグループでしたが、集まってきたのは全く異なる製品を開発している各地、各事業所に分散したCAEに従事する人たちだったわけで、集中と分散がうまく機能していた素晴らしい例でした。そして、「社内のコミュニケーション活性化と共有にも役立った」との評価をいただいたことに加え、しっかりと製品販促にもつながったのでした。
この勉強会は、あるテーマを決めて、教授レベルの研究者を基調講演に招き、当時の筆者の所属企業が関連事例や製品デモを行い、最後にその企業の社内実例を紹介するという3段構成のミニセミナー形式で行われ、一度で基礎から実例まで理解できると非常に好評でした。そうした地道な勉強会を実施できる企業は、自ずと体力が付いてくるものです。
応用する製品は全く異なっていても、解析領域という軸では似たような技術やモデル化が使われるのがCAEの特徴ですから、こうした部門横断的な技術研修や事例学習を行うことで、自分が持つ何倍もの経験、ノウハウを得ることができます。地味ですが非常に有効なアプローチです。これを実行するには、中心となる部署やキーマンの熱意と実行力が必要となります。こうした活動も「Simulation Governance(シミュレーションガバナンス)」のテーマの一つです。
CAE部門が行わなければならない業務は実に多岐にわたっており、筆者の経験では以下の6種類の業務に区分できます。
必ずしも1つの部門で全てを賄う必要はなく、複数部署で役割分担し、うまく連携できていればいいわけです。実態としては、産業、製品タイプ、部署人数やエンジニアのスキルレベル、育成期間に依存するので、なかなか理想的な役割と構成でCAE部門を運営することができないのが現状です。そのため、多くても4つぐらいの役割をどうにかこなしながら、不足している領域は関連部署と連携して対応するというのがCAE部門の実情かと思われます。とはいえ、この“連携”というのがくせ者で、実際のところは縄張り争いやサイロになってしまうことも珍しくありません。
規模的には、産業や企業の大きさにも依存しますが、設計者数を基準にして、10〜15%の人数がCAE専任者+兼任者の総数になっているというのが、筆者のおおよその経験則です。設計者が100人の会社/事業部であれば、10〜15人のCAE部門や担当者、1000人であれば、100〜150人が想定すべき人数と解釈できますので、もしそれに足りていないようであれば、十分な要員を抱えていない可能性があると判断できます。また昨今、「モデルベース開発(MBD:Model Based Development)」が広く叫ばれ、大きな実績も生まれている現状、今後さらに加速していくことを考えれば、15%という割合はむしろ控え目で、20〜25%あるいは設計者全員にCAEの基礎技術を習得させるという企業が出てきてもおかしくありません。
事実、例えば、モデルベース開発で大きな実績を示してきたマツダが“モデルベース開発ができる人材を大幅に増やす”という、非常にインパクトのあるニュース「自動車設計、シミュレーション駆使 マツダ、技術者900人育成」が出たのが、2016年のことです。最近では「デジタル化」や「DX(デジタルトランスフォーメーション)」をキーワードにした社内人材育成もたくさん実施されるようになり、世の中の人材育成に対する危機感がようやく高まってきたように思います。しかし、実際に成果が出てくるのは数年先です。そのことを考えれば、まだまだスピード感が足りていないとも言えそうです。
これまでCAEは、高度な知識と経験を持たないと従事できない専門領域の業務でした。いわば職人技を育成するCAE工房のような位置付けです。しかし、モデル化技術が成熟し、精度が向上し、計算が速くなり、使いやすくなってた昨今では、設計者が活用するのは当然のことで、設計開発から生産に至るさまざまな職種の人たちが何らかの形でCAEによる恩恵を受けられる状況、いわゆる“CAEのDemocratization(民主化)”が進んでいくはずです。そのような需要拡大やCAE活用の変容に追い付くことができる体制、ひいては企業としてのGovernanceの存在が、昨今のデータ活用とともにその企業の開発力の質を大きく左右するに違いないのです。
今回の体制に関連して、毎度参照している「デザインとシミュレーションを語る」ブログの該当する箇所は、今回はそれほど多くはなく、以下の3回となります。あらためてお読みいただけると幸いです。
Simulation Governance診断にご興味のある方は、本連載を読んだ旨をコメントいただき、筆者プロフィール欄に記載のメールアドレスまでご連絡ください。 (次回へ続く)
最後に筆者からのお願いです。本稿をご覧いただいた読者の皆さまからのフィードバックをいただけると大変励みになります。また、ご意見やご要望を今後の記事に反映させたいと考えております。無記名での簡単なアンケートになりますのでぜひご協力ください。
工藤 啓治(くどう けいじ)
スーパーコンピュータのクレイ・リサーチ・ジャパン株式会社や最適設計ソフトウェアのエンジニアス・ジャパン株式会社などを経て、2024年1月まで、ダッソー・システムズに所属。現在、個人コンサルタントとして業務委託に従事。40年間にわたるエンジニアリングシミュレーション(もしくは、CAE:Computer Aided Engineering)領域における豊富な知見やノウハウに加え、ハードウェア/ソフトウェアから業務活用・改革に至るまでの幅広く統合的な知識と経験を有する。CAEを設計に活用するための手法と仕組み化を追求し、Simulation Governanceの啓蒙(けいもう)と確立に邁進(まいしん)している。
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