MONOistはライブ配信セミナー「MONOist DX Forum 2023 冬〜できるところから始める製造業DX〜」を開催した。本稿では、経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長の和泉憲明氏による基調講演「ウラノス・エコシステムによるデジタル変革のための政策展開」の内容を紹介する。
MONOistはライブ配信セミナー「MONOist DX Forum 2023 冬〜できるところから始める製造業DX〜」を2023年12月13、14日の両日開催した。本稿では、経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長の和泉憲明氏による基調講演「ウラノス・エコシステムによるデジタル変革のための政策展開」の内容を紹介する。
和泉氏は経済政策の理想の姿として、ドイツのアウトバーンを例に挙げる。アウトバーンは、速度無制限区間があることで有名なドイツ独自の高速道路政策だが、開始当初は事故が多発し、保険会社などにも大きな影響が出た。通常であれば、速度規制をかけそうだが、ドイツ政府は速度無制限区間を維持し、保険側に免責事項を加えるなど、運用面での対応を進めたという。それが1つの要因となり、高性能で高機能を特徴とする自動車メーカーがドイツで多く生まれることになった。「政府として、どういうインフラに投資をすることが、強い産業育成につながるのかを考えるという意味で、非常に示唆に富んでいる。インフラと民間の競争領域を分けて相互に影響を生み出すアーキテクチャを設計することが政策としての役割だ」と和泉氏は述べる。
デジタル時代における経済政策のポイントとして、和泉氏はユビキタスコンピューティングの提唱者であるマーク・ワイザー氏の言葉を引用し「テクノロジーによる変化は、一気にガラッと変わるのではなく、慣れ親しむことで無意識になり、徐々に浸透していくものだ」と訴える。その中で、デジタル時代特有の動きとして、価値の本質がモノからソフトウェアに移り、さらにデータを含めた面(ソリューション)として価値を作ることが重要だとする。「日本企業はどうしても製品単体で勝負しがちだが価値の本質が変わってきている。競合相手はアライアンスなどにより面で戦う環境になってきている。さらにエンドユーザーにデータを集めさせてサービスをアップデートし新たな価値につなげるような動きとなってきている。製造業としてもこうした動きに対応せざるを得ない」と和泉氏は訴える。
工業製品の競争力は、素材や半導体など、モノを構成するより小さなものの競争と、モノを組み合わせてポテンシャルを有効活用するソフトウェアを中心とした競争の2軸に分かれていくと和泉氏は仮説を立てる。製造業として、ソフトウェアやデジタル技術を活用することでビジネス的に成功した事例は大企業に限られると見られがちだが、中小製造業でも数多くの成功事例が生まれつつある。その例として、和泉氏は、京都府宇治市にある精密加工業であるのHILLTOPや、西陣織などの伝統工芸技術と先進技術を組み合わせたミツフジなどの事例を紹介。和泉氏は「これまでの強みを今の時代にどう生かしていくのかを考え、少し事業内容やビジネスモデルをシフトするだけでグローバルな企業へと成長している」とDX(デジタルトランスフォーメーション)の成果を強調した。
こうした強みを生かすために仕組みの一つとして生まれたのが「ウラノス・エコシステム」だ。ウラノス・エコシステムは、人手不足や災害激甚化、脱炭素への対応といった社会課題の解決に向けて、企業や業界、国境を跨ぐ横断的なデータ共有やシステム連携を行うための、日本版のデータスペース(データ共有圏)だ。日本独自で企業間や業界間などを結んでデータを共有し、活用するためのエコシステムで、2023年「G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合」で正式に発表されている。
従来の政策立案では、政府内で全てを行うケースも多かったが、それではデジタル時代のスピード感についていけず、政策が生まれた際には周辺条件が変わりピントのずれた政策になってしまうような事態が生まれていた。その対策として、政府が全てを決めるのではなく、政府は枠組みを作り官民が一体となって、スピーディーな意思決定と政策推進、合意形成を行い、産学官から専門家を結集させて政策の立案(アーキテクチャ設計)から展開(社会実装)までを一気通貫で実施するスキームが求められている。
ウラノス・エコシステムでは、IPA(情報処理推進機構)/DADC(デジタルアーキテクチャ・デザインセンター)を官民連携の拠点とし、産学官の専門家を集結させて政策の立案(アーキテクチャ設計)から展開(社会実装)までを一気通貫で行う。企業や業界、国境をまたぐ横断的なデータ共有やシステム連携の仕組みの構築を行うため、政府間では国際的なルール形成を進める。一方で、産業界はテクノロジーなどのやりとりを話し合うツートラックコミュニケーションを維持し、スピード感を持って実効力のある施策を打ち出せるようにしている。
ウラノス・エコシステムが最初のターゲットの1つとして位置付けているのが、サプライチェーンでの企業間情報の供給だ。具体的には、欧州などで進められているデジタルプロダクトパスポートなどの動きに対応するように、企業間のモノの取引とともに、データのやりとりをウラノス・エコシステムを通じて行う「公益デジタルプラットフォーム」としての役割を想定している。
例えば、欧州では自動車産業において、サプライチェーンの情報を共有するデータスペースとして「Catena-X(カテナX)」が作られ、これらを通じて取引を求めるような動きが生まれている。これに対し、ウラノス・エコシステムがCatena-Xと連携し、ウラノス・エコシステム経由でCatena-Xにデータを提供するような仕組みを想定している。「日本は世界の多くの企業に比べて、強固なサプライチェーンを持っていることは強みだ。今まではそれはモノをやりとりする関係だけだったが、それに合わせてデータを適切にやりとりできる仕組みがあれば、強いサプライチェーンをそのままデジタルの世界でも再現できる。データ流通プラットフォームがあれば、企業内で使用しているアプリとプラットフォームがコネクターを通じてやりとりするだけでデータ連携が可能だ。そういう仕組みを目指している」と和泉氏は語っている。
実際にウラノス・エコシステムをプラットフォームとして活用しながらさまざまな社会課題解決につなげる「デジタルライフライン全国整備計画」を推進中だ。デジタルライフライン全国整備計画は、全国のインフラをデジタル時代に合わせた形でアップデートし、新しい社会の在り方を実現に近づけていく取り組みだ。具体的な対象としては、ドローン航路、自動運転サービス支援道、インフラ管理DXなどの実現に取り組んでいる。「10年計画としており、2024年度にはいくつかの実証などを含めて目に見える形で何らかの動きが見えるようにしていく」(和泉氏)。
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