息子の高校受験当日もお参りして合格を祈る母。「お祈りに意味があるのは試験が始まる前まで。答案用紙が回収された後に祈っても意味がない」と斜に構える息子。しかし、過去と未来の順序が曖昧になり、過去と未来が重なり合って干渉する……ということも起こるのです。
この原稿が公開されるころ、季節はもう桜咲く春になっているでしょうか。執筆開始時点では、世間は今まさに入試シーズン真っ只中。自分が受験生だったころが、懐かしく思い出されます。
私の出身高校は、地元では少し有名な不動尊のそばにあります。高校受験の際、私の母は、その不動尊で合格を祈ってお参りをしながら、試験が終わるのを待ってくれていたと聞きました。
しかし、中学生というまだまだ生意気盛りな若造としては、そんな家族の支えに感謝する一方で、素直に感謝できずどこか疎ましく思う気持ちもありました。
男子中学生特有の若い痛々しさに、理系としての自覚を持ちつつあった性分も加わり、お参りという非科学的な行為自体を否定してみたくなったり、百歩譲ってお参り自体に何らかの効力があったとしても、それに意味があるのは試験開始前までであり、既に回答済の答案用紙、そしてその内容によって決定する試験結果という、もう決まってしまっている過去の出来事に対して、それ以降の未来にするお参りという行為が影響を与えるのは「過去の原因があるから未来の結果がある」という因果関係からして道理が通らない……などと面倒くさい講釈を垂れたくなったり、今から思えば顔から火が出るほど恥ずかしいかぎりです。
2023年の冬、そんな若いころの自分に教えてあげたいような、とある興味深い研究内容が報告されました。今回は少々趣向を変えて、電池に関わるちょっと不思議な話をご紹介したいと思います。
2023年12月、東京大学から次のようなプレスリリースが出されました。「因果律の壁を越える!次世代量子バッテリーへの挑戦〜不確定因果順序が拓く新境地:充電のパラダイムシフトを実証〜」というものです。以下、原文を引用します。
近年、従来の量子力学の枠組みを超えて事象の因果順序にも重ね合わせ原理を持ちうるという仮説が提唱され、充填プロセスにおける量子重ね合わせの実現が期待され始めました。我々は、不確定因果順序を導入することで、従来とは一線を画す発展があると確信し、研究を進めてきました。
東京大学大学院情報理工学系研究科のYuanbo Chen(チェン ユーフォー)大学院生と長谷川禎彦准教授は量子開放系の一種である量子衝突モデルにおいて、不確定因果順序と呼ばれる新しい因果構造に由来する特異な効果を発見しました。また、この効果を活用した量子バッテリーの充填プロトコルを理論的に提案し、その役割と重要性を明らかにしました。
何やら見慣れない単語が多く並んだ文章であり、「なるほど!」と、すんなり理解できるという方は少ないかと思います。そもそも、量子電池(量子バッテリー)とは何かという点ですが、量子電池とは、端的にいえば、量子力学の原理を利用した量子デバイスの1つです。
量子コンピュータが、従来のスーパーコンピュータよりもはるかに高い性能をもつという話を聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。電池においても同様に、量子力学の原理を応用して量子電池という高性能な電池を作ろうという試みがなされています。
量子力学では、分子、原子、電子といった素粒子を対象とし、そのミクロな物理現象を扱います。ここで対象となる素粒子は、粒子と波の性質を兼ね備えた量子と呼ばれ、古典的な物理学とは異なる、量子力学特有の挙動を示します。
量子が粒子と波の性質を兼ね備えていることを示す代表例が二重スリット実験です。光や電子といった量子は、それ以上分解できない一粒の粒子として振る舞いつつも、1個の粒子が2つのスリットを同時に通過するとともに、重なり合って強め合ったり弱め合ったりという干渉をする波のような振る舞いも示すことが、実験の結果から分かっています。
同じ存在でありながら、ときには1つの粒のような存在でもあり、ときには水面に立つ波のような存在でもあるというのは、感覚的に理解しにくい話かと思います。しかし、今回の量子電池にまつわる研究報告は、それ以上に直観に反する内容かもしれません。
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