過去と未来の順序は曖昧で重なり合う? 量子電池の最新研究今こそ知りたい電池のあれこれ(23)(2/2 ページ)

» 2024年03月21日 06時00分 公開
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 今回の研究には不確定因果順序という考え方が採用されています。従来の古典物理学の世界では「Aという事象の後にBという事象が起こる」と、その反対の「Bという事象の後にAという事象が起こる」は、どちらか一方しか成立しません。特に、AとBの間に明確な因果(過去と未来の関係性)がある場合、「未来のBという事象の後に過去のAという事象が起こる」とは、通常考えられないことかと思います。

 しかし「AからB」「BからA」のどちらの順序で成立するのかを明確に確定できず、ときにはそのどちらもが同時に成立しうるというのが不確定因果順序の考え方です。このような因果律の非対称性(過去の原因があるから未来の結果があるという因果関係)に反する実験結果というのは、ますますもって感覚的に理解しにくい内容ではあります。

 因果律の非対称性が成立しない例というのは、古典物理の範囲でも一応は説明可能です。例えば、物理のテストでおなじみの理想条件である「摩擦や空気抵抗などの影響を受けずに等速直線運動をする球体」を想像してみてください。その球体が左から右へ移動する運動の様子をビデオで撮影したと仮定します。

 では、撮影された映像を巻き戻して逆再生した場合、その映像を見た人は、右から左へ移動する球体の様子から、それが逆再生された、過去と未来の時間軸が反転した映像であると気付くことはできるでしょうか? このように特定の条件下においては、古典物理の範囲でも因果律の非対称性が成立しない状態というものを考えることができます。

左から右に飛んでいったボールと、逆再生によって右から左に飛んでいくボール[クリックで拡大]

 量子力学の世界では、古典的な物理学の世界以上にさまざまな局面において、因果律の非対称性が成立しないと解釈することが可能な不可思議な事象が発生します。そして近年、量子の重ね合わせというものが、単なる波としての性質による相互作用だけではなく事象の因果順序にも適用される可能性があること、つまり未来の状態が過去や現在の状態に干渉しうるという仮説が提唱されるようになりました。

 先ほどご紹介した二重スリット実験は、2つの物理的なスリットによって量子の波としての性質を、波としての干渉効果で示したものでした。

 2023年4月、波としての性質を証明する二重スリット実験の干渉効果が、2つの物理的スリットではなく、同じ点で連続開閉する時間的なスリットでも観測できることが示されました(※)

(※)関連リンク:Double-slit time diffraction at optical frequencies(Nature Physics)

【再掲】量子が波としてスリットを通過するイメージ[クリックで拡大]

 この時間的二重スリット実験の結果からは、時間的に先(過去)にスリットを通過した光と、時間的に後(未来)に通過した光が、相互作用して干渉効果を示すこと、つまり過去の事象と未来の事象の順序が曖昧になる不確定因果順序が適用されると同時に、過去の波と未来の波が重なり合って干渉する事象の因果順序における量子重ね合わせが発生することが示唆されています。

 自分でも書いていて、よく分からなくなってきましたが、ようやく本題に戻ります。量子電池の充填プロセスにおいても、この不確定因果順序事象の因果順序における量子重ね合わせを適用することで、充電効率を高められる可能性があるというのが、最初に紹介した2023年12月発表の東京大学の研究内容です。

 2つの充電器(充電器Aと充電器B)を用いて充電する際、従来の考え方であれば、どちらかの充電器による充電を実施し、その後にもう一方の充電器による充電が実施されるという因果順序が存在します。しかし、今回の研究の中では「充電器Aから充電器B」と「充電器Bから充電器A」という2つの充電プロセスのどちらもが同時に成立することが示されました。

量子世界の因果順序を活用した効率的な充填方式によって、従来の限界を超えるエネルギー転移と熱効率の向上を同時に実現することを示した[クリックで拡大] 出所:東京大学

 いよいよもって理解しがたい内容ではありますが、どうやらこの世の中はまだまだ不思議に満ちあふれているようです。東京大学のプレスリリースの一部を再掲しておきます。

 近年、従来の量子力学の枠組みを超えて事象の因果順序にも重ね合わせ原理を持ちうるという仮説が提唱され、充填プロセスにおける量子重ね合わせの実現が期待され始めました。我々は、不確定因果順序を導入することで、従来とは一線を画す発展があると確信し、研究を進めてきました。

 東京大学大学院情報理工学系研究科のYuanbo Chen(チェン ユーフォー)大学院生と長谷川禎彦准教授は量子開放系の一種である量子衝突モデルにおいて、不確定因果順序と呼ばれる新しい因果構造に由来する特異な効果を発見しました。また、この効果を活用した量子バッテリーの充填プロトコルを理論的に提案し、その役割と重要性を明らかにしました。

 今回は電池に関わるちょっと不思議な話を紹介してみました。もし受験生だった当時の自分に今回の話を聞かせたら、どんな反応をするのか気になるところです。「未来の親の祈りが過去の子供の助けになっていたかもしれない」という不確定因果順序の可能性に思いをはせるとともに、時は流れ、私も子を持つ親となった今ならば、我が子の合格を願って祈る親の気持ちも理解でき、素直に感謝の意を示せる気がします。

 日本カーリットの受託試験部では、お客さまからお預かりした試験体の性能を評価しております。我が子を思う親のように、というと少々大げさかもしれませんが、今後も受託試験を通して電池技術の発展に貢献できるよう、お預かりした試験体と真摯に向き合いながら、日々取り組んでいきたいと思います。

著者プロフィール

川邉裕(かわべ ゆう)

日本カーリット株式会社 生産本部 受託試験部 電池試験所
研究開発職を経て、2018年より現職。日本カーリットにて、電池の充放電受託試験に従事。受託評価を通して電池産業に貢献できるよう、日々業務に取り組んでいる。
「超逆境クイズバトル!!99人の壁」(フジテレビ系)にジャンル「電池」「小学理科」で出演。

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