地域や年齢に関係なく自由に移動できる社会を――ホンダ出身スタートアップ「Striemo」越智岳人の注目スタートアップ(10)(1/3 ページ)

群雄割拠の様相を呈するマイクロモビリティ分野において存在感を放っているのが、ホンダからスピンアウトしたStriemo(ストリーモ)だ。開発のきっかけやこれまでの歩み、今後の展開などについて、創業者の森庸太朗氏に話を聞いた。

» 2024年02月29日 08時00分 公開
[越智岳人MONOist]
Striemoの創業者で、同社 Co-founder CEO/代表取締役・技術責任者の森庸太朗氏 画像1 Striemoの創業者で、同社 Co-founder CEO/代表取締役・技術責任者の森庸太朗氏[クリックで拡大] ※撮影:筆者

 2023年7月に道路交通法が改正され、電動キックボードに対する規制が緩和された。これを機にさまざまな企業が電動キックボードなどのマイクロモビリティ分野に参入している。また、大手自動車メーカーもコンセプトモデルを発表するなど業界は群雄割拠の様相だ。

 東京墨田区に本社を置くStriemo(ストリーモ:以下、社名は英文表記)は、ホンダからスピンアウトしたマイクロモビリティのスタートアップだ。モビリティのグローバルメーカー出身ならではの技術とこだわりの詰まったStriemoの全貌を取材した。

強みは「誰でも乗れるモビリティ」

 Striemoは、2023年冬から2種類の電動モビリティ「ストリーモ」を販売開始した。特定小型原動機付自転車モデルの「ストリーモ S01JT」は最高時速6km/12km/20km、第一種原動機付自転車モデルの「ストリーモ S01JG」は最高時速6km/15km/25kmの各3段階の走行モードを備える。サイズやステップ部の高さ、タイヤサイズは共通で、約3.5時間の充電でおよそ30kmの走行が可能だ。

 ストリーモには街中で見掛ける一般的な電動キックボードと大きく異なる点が2つある。一つは前一輪、後二輪の三輪にしたことで、立ったまま停止できる安定性の高さ。もう一つは、ヘッドパイプをバイクのように曲がる方向に倒せることで取り回し性が非常に高い点だ。

三輪の安定性を生かし、ヘッドパイプを倒して右左折、旋回できる。時速6km以下でも安定性を欠くことはない 画像2 三輪の安定性を生かし、ヘッドパイプを倒して右左折、旋回できる。時速6km以下でも安定性を欠くことはない[クリックで拡大] ※撮影:筆者

 筆者も今回の取材に合わせて、いくつかの電動キックボードを利用した。キックボードはその名の通り、地面を蹴ってからアクセルを押すことで走り出す。直進だけであれば比較的容易だが、カーブや急ブレーキではバランスを崩しやすい。また、ぬれたマンホールやアイスバーンなど滑りやすい道も危険を伴う。

 ストリーモは後輪を二輪にして安定性を高めつつ、カーブ進入時には進行方向にハンドルを切るだけでなく、バイクのようにヘッドパイプを傾けることで低速でも安定して右左折できる。それらを実現した最大のポイントは本体内部のバランスアシストシステムだ。運転手の直立運転を補助しつつ、体重移動やバランスを取る動作を妨げない独自開発の機構でありストリーモの心臓ともいえる。筆者も実際にストリーモに試乗したが、低速での右左折や体重移動も容易で、バックでの切り返しも非常にしやすかった。

 この機構をはじめとする機体全体の設計、開発を手掛けたのが、創業者の森庸太朗氏だ。

新規事業創出プログラムを経て独立

 森氏は東京工業大学大学院を経て、2004年にホンダに入社。本田技術研究所でレース用マウンテンバイクやオフロードバイクなど二輪開発の現場を経験する。2017年に新規事業創出プロジェクトに参加した際に、海外のマイクロモビリティ業界をリサーチしたことが転機となる。その当時、キックボードのシェアリングサービスが海外で普及し始めたころだったが、車体の剛性は低く1カ月もすれば壊れるような品質で、乗車した際の応答性も低く、「乗り物であって、乗り物にあらず」という感想を抱いたという。一方で、短距離を移動するマイクロモビリティの需要は日本にもあるだろうという実感もあった。

自宅のガレージで試作品を塗装していた際の1枚。奥には段ボールで作った簡易的な塗装ブースが見える 画像3 自宅のガレージで試作品を塗装していた際の1枚。奥には段ボールで作った簡易的な塗装ブースが見える[クリックで拡大] 出所:Striemo

 開発の現場から離れて新規事業探索に励む日々が続いた森氏は、手を動かしたいエンジニアとしての欲求に駆られ、自宅のガレージの一角を使って自腹で試作品開発に着手する。アリババやAmazonで部品を調達し、金属を自ら溶接するなどして試作を重ねた。

 当初はあらゆるパーツの角度や高さ、幅を変えられるように組み立て、乗り心地や最適なサイズ、万人が違和感なく運転できる仕様の模索が続いた。立ち止まれるよう三輪にすることは早い段階から決まっていたという。それはホンダで二輪車、三輪車の開発に従事してきた経験に基づいたものだった。

「ホンダで得た経験もあったので、安定して立ち止まるためには三点で接地することが必要だと考えました。さらに、スピードが出ても安定させるためにはリーンできる(車体を傾ける動作)ことも必要でした。それをいかに人の感覚に合う形とするかが一番の課題でした。検証を通じ、小回りが利いて安定する前一輪、後二輪を採用しました。また、どの原理で走らせて、バランスを取るかが決まってからは理詰めでスムーズに設計を進めていくことができました。目標性能を定め、ホイールベース、重心位置や運転手の足のポジションと各パーツとの関係など、一つ一つ設計に落とし込んでいきました」(森氏)

 立って運転する仕様も当初から決まっていた。乗り物との一体感が得られて、周囲を見渡せる視野を確保するには立ったままの運転が理想だった。

 最初の試作品が完成すると、仲の良い同僚や家族に声を掛けて試走を繰り返した。後に共同創業者 兼 CDO(製造最高責任者)として参画する岸川景介氏も、同僚だった森氏からの声掛けに応じて試走や開発をサポートするようになった。

 こうしてプロトタイプを自費で完成させた森氏だったが、市場規模や事業性が不透明だったことからホンダの新規事業として採用されることはなかった。しかし、最後までやり切りたいという森氏の思いは、簡単についえるものではなかった。同時期、ホンダでは社員を対象とした新規事業創出プログラム「IGNITION」を展開していた。このプログラムはホンダの新規事業だけでなく、スタートアップとしてスピンアウトすることも奨励されている。森氏は2020年冬にIGNITIONにエントリーする。3度の社内審査を経て正式に採択され起業したのは2021年8月のこと。森氏はStriemoを創業し、念願だったマイクロモビリティ開発の道に進む。

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