地域や年齢に関係なく自由に移動できる社会を――ホンダ出身スタートアップ「Striemo」越智岳人の注目スタートアップ(10)(2/3 ページ)

» 2024年02月29日 08時00分 公開
[越智岳人MONOist]

国内の規制緩和が追い風に

 創業直後に大きな追い風が吹く。2021年12月に警察庁は、電動キックボードを含む小型電動モビリティの新たな交通ルールを盛り込んだ改正道路交通法案の原案を発表した。2023年7月には道路交通法が改正され、性能上の最高速度が自転車と同程度であるなどの一定の要件を満たす電動キックボードなどに限って、特定小型原動機付自転車として、運転免許がなくても走行できるようになった。

 国内の規制緩和は全くの想定外だったという。事業計画も当初はマイクロモビリティが普及しているフランスでの事業展開を前提としていた。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大や、ロシア/ウクライナ間情勢による物流の混乱などが影響し、海外での事業展開は難しい状況だった。そこで、森氏らは規制緩和が進んだ国内での事業展開からスタートした方が得策だと判断。まずは国内での実証実験や試走を重ねながら開発を進めた。

 大企業の中でのモノづくりと、独立独歩のスタートアップでのモノづくりは似て非なるものだ。ヒト、モノ、カネに制約のあるスタートアップは、外部のパートナーも含めた最良の組織を早い段階から固めることが必要になる。試作開発でStriemoが協力を仰いだのは、スタートアップの試作開発に力を注ぐ浜野製作所だった。

 浜野製作所は月額制のモノづくり支援拠点「Garage Sumida」を展開。原理試作から設計、試作、量産までを支援するサービスを提供している。これまでに電動車椅子のWHILL、遠隔コミュニケーションロボットのオリィ研究所、風力発電のチャレナジーなど、さまざまなスタートアップを支援してきた実績がある。

 Striemoは開発初期の段階から試作や一部パーツの量産を浜野製作所に相談。複数のメーカーに依頼する必要がある作業を、浜野製作所が一気通貫で対応してくれたことにより、開発スピードも急加速し、自社も浜野製作所の近くに移した。

浜野製作所で開発した試作機。現在もパーツの一部を同社に製造委託するなど、試作のみにとどまらないパートナー関係が続いている 画像4 浜野製作所で開発した試作機。現在もパーツの一部を同社に製造委託するなど、試作のみにとどまらないパートナー関係が続いている[クリックで拡大] 出所:Striemo

 一方で、量産委託先の工場探しはコロナ禍の影響で苦労が絶えなかったという。最終的には中国に製造拠点を置く台湾メーカーに決まったものの、現地に飛ぶたびに入国審査後の強制隔離で身動きが取れないこともあった。ハードウェアスタートアップにとっての逆境の時期をかいくぐって、ようやく量産のめどが立ったのは2022年のことだ。その年の7月に300台限定で抽選販売予約を開始した。

逆境を乗り越えるエンジニア魂

 オーダー開始から48時間で1200件の申し込みが集まったが、想定外だったのはユーザー属性だったという。事前の予測では30〜40代が中心になると思われたが、実際には50〜70代のシニア層の申し込みが半数以上を占めたという。そこで開発陣は年齢層のカバレッジを広げるためのチューニングを決意。走り出しや加減速での制御、安定性を高める諸元変更など、細部の調整を進めた。

 くしくも半導体関連部品の納期が大幅に遅れたことで、出荷時期も延期せざるを得ない状況だった。金型の修正を最小限にとどめながら、ハードウェアとソフトウェアの両面で、シニアでも安全に運転できる仕様へとアップデートした。テスト走行には、墨田区産業振興課の協力により、シルバー人材センターの60代、70代、80代の男女の他、浜野製作所の社員も加わり、約30人が参加した。ようやく全ての部品が調達でき、組み立てが開始したころには、さらに乗りやすいマイクロモビリティへと進化を遂げることができた。

試走には幅広い年代のライダーが参加多くの移動難民を救うために、直前までチューニングが続いた 画像5 試走には幅広い年代のライダーが参加。多くの移動難民を救うために、直前までチューニングが続いた[クリックで拡大] 出所:Striemo

 トラブルに流されることなく、改善を積み重ねることは決して容易ではない。COO(最高執行責任者)として森氏を支える橋本英梨加氏は、森氏の開発スピードの速さに何度も驚かされたという。

「モノづくりを進める上で、技術的な課題を解消することは決して容易ではありませんが、森が前日の課題を翌日には解決していたということが度々ありました。フレキシブルかつスピーディーに形にする技術力が森の強みなのだと思います」(橋本氏)

「ホンダでダカール・ラリーに従事していた際、トラブルはその場で何とかするという場面が多く、そこで鍛えられたのだと思います」(森氏)

 ダカール・ラリーの現場で鍛えられた技術力は、年代を問わず安心して走行できるマイクロモビリティでも生かされた。開発の進捗(しんちょく)が進むにつれて、想定外の課題に悩まされるスタートアップは少なくない。大企業の中であればクリアできる課題でも、運転資金が決して潤沢ではなく、これからファーストプロダクトを出そうとしているスタートアップにとっては死活問題だ。幸いStriemoは森氏の技術力に加え、活動に魅力を感じて入社したモビリティ業界出身の社員が開発、製造チームに参画。筋肉質の組織で難局を乗り切ることができた。

 こうしてストリーモは2023年9月以降順次出荷を開始。現在は、第3次抽選販売分の出荷に向けて製造を進めているところだ。

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