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リチウムイオン電池の基礎知識とリサイクルが必要なワケLIBリサイクルの水熱有機酸浸出プロセス開発の取り組み(1)(2/2 ページ)

» 2024年02月22日 08時30分 公開
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リチウムイオン電池に用いられる金属価格の変動

 現在、1100万トン(t)を超える使用済みLIBが寿命を終え、2030年までに廃棄されると推定されているが、今のところリサイクルされているのはその5%にも満たない[参考文献4]。その一方で、Li、Co、Niは採掘できる地域や国が限定されており、こうした地政学的な状況とLIBの需給、コロナ禍といった社会的状況なども相まって、金属価格は大きく変動する。図3に、ここ数年間のLIBに関わる金属/元素の価格の変動を示す。

図3 金属価格の変動 図3 金属価格の変動[クリックで拡大]

 Li、Co、Niの価格は、2020年頃にコロナ禍により一時的に需要が減少し、それにより価格が低迷した。しかしその後、コロナ禍の状況が好転するとともにEV需要が増大し、それに対する供給不足が懸念され、価格が反転した。リン(P)に関して、2022年5月31日時点の価格は前年比をはるかに超えて上昇した。これは中国における違法採掘/盗掘などの摘発によるものとされる。また、従来型農薬である化学肥料の需要推移に加え、リン酸鉄リチウム(LiFePO4)の生産量が爆発的に増え、今後2025年に向けて中国のリン酸鉄リチウム需要は高まることが予想される。

LIB関連元素のリサイクル技術

 LIBの金属を回収するプロセスには、乾式精錬法、湿式精錬法、直接再生法がある(表2)[参考文献5]。乾式精錬法は物理選別が最小限でよくプロセスとしては単純である一方、高温プロセスで、エネルギーを多く消費する。直接再生法は、正極材料のみならず、可能な限りLIBに用いられた素材をそのまま再利用するものであるが、物理選別を極める必要があり、異なる仕様が混在した場合に適用が困難となる。

 湿式精錬法は、エネルギー消費が少なく、回収率や製品純度が高いなどの利点がある[参考文献6]。乾式精錬法、湿式精錬法、直接再生法のいずれにおいても、LIB正極材料に含まれる金属を、LIB正極材料として再利用するためには、その金属含有量のバランスを調整する必要がある。そのためには、廃棄LIBの正極材から金属を水溶液中に回収する、酸浸出プロセスが必須となる。

表2 LIBのリサイクル技術の比較。左から、乾式精錬法(Pyrometallurgy)、湿式精錬法(Hydrometallurgy)、直接再生法(Direct) 表2 LIBのリサイクル技術の比較。左から、乾式精錬法(Pyrometallurgy)、湿式精錬法(Hydrometallurgy)、直接再生法(Direct)[クリックで拡大] 出所:Argonne National Laboratory

 これまで酸浸出プロセスは、過酸化水素(H2O2)やアスコルビン酸などの還元剤の存在下、各種の無機および有機の酸を用いて100℃以下の温度で処理される[参考文献7、8]。酸浸出プロセスの研究で用いられている酸としては、これまで硫酸や硝酸[参考文献9、10]などの無機酸、クエン酸[参考文献11、12]、乳酸[参考文献13]、コハク酸[参考文献14]、DL-リンゴ酸[参考文献11]、L-酒石酸[参考文献15]などの有機酸などがある。

 同程度の浸出効率でありながら、反応装置の腐食や汚染が少ないことから、有機酸の研究事例が多くなっている。100℃以下の条件では、無機酸または有機酸のいずれにおいても、遷移金属のイオンの価数を還元する必要がある[参考文献9、11、16]。例えば、硫酸を浸出剤として実施した、75℃で60分間のLCOの浸出実験の浸出効率は、H2O2の有りが70%でなしが28%となった。クエン酸では、90℃で30分間で、H2O2の有りが92%でなしが25%[参考文献11]。H2O2はCo3+を効率的にCo2+に還元するために必要だが[参考文献16]、高濃度の酸が不可欠で、これらによりコストと環境負荷が高くなる。

LIBリサイクルに関する当研究グループの考え方

 筆者の研究グループ(以下、当研究グループ)は、東北大学工学研究科附属超臨界溶媒工学研究センターに属し、超臨界流体に関する研究を進めている。

 当研究グループでは、LIBリサイクル技術の開発としてまず、酸浸出プロセスの改善に取り組むこととした。具体的には「浸出に用いる化学物質の種類と量を減らすこと」「反応速度を向上させること」「連続処理を可能とすること」の3点の実現を目指した。

 水を用いたプロセスでは、臨界点を意識しつつ蒸気圧線上の飽和液体状態からより高圧の水熱条件を含めた検討を進めている。液体状態の水(水熱条件と呼称)の物性として、例えば、臨界圧(22.1MPa)を超えた25MPaの圧力で一定とした場合、温度が上昇するにつれて密度と誘電率が低下する一方、300℃付近までイオン積は増大する。こうした水熱条件は酸浸出の課題を解決する方法論となり得るため、当研究グループでは酸浸出に対して水熱条件を適用することを検討している。

 また、超臨界状態のCO2は有機溶媒の代わりとして用いることができる。この超臨界二酸化炭素を用いることによる、湿式精錬の後段の金属単離プロセスの革新性についても検討を進めている。

 加えて、LIBは正極材のみならず負極材についても循環利用性を検討する必要がある。当研究グループでは、負極材として多用されている炭素に着目し、水熱条件により木質バイオマスで高結晶性炭素を製造するプロセスの開発を進めている。LIBをリサイクルするプロセスとして、主に経済的観点から大規模な湿式精錬法が有力視されているが、地政学や資源戦略的観点から、小型分散型のプロセス開発が望ましいと考えている。LIB全体の再生可能性についての検討も始めている。

 次回は、われわれのグループが研究を進める水熱条件とそのプロセスの応用について紹介する。

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筆者代表紹介

東北大学大学院工学研究科 附属超臨界溶媒工学研究センター 化学工学専攻 教授 渡邉賢(わたなべまさる)

東北大学大学院工学研究科附属超臨界溶媒工学研究センターにて、水熱・超臨界水を反応・分離媒体とした重質油改質、廃プラスチックリサイクル、バイオマス変換の研究を推進するとともに、超臨界二酸化炭素を反応・分離溶媒とした天然物からの有価物回収や二酸化炭素固定化反応に関する検討を進めている。化学工学会会員。The International Society of the Advanced Supercritical Fluid副会長。



参考文献:

[1]W.Gao et al.:J. Clean.Prod.,178, 833(2018).
[2]F.Gu et al.:J. Clean. Prod.,237,117657(2019).
[3]EU Legislation, COM[2020]798
[4]D.J.Garole et al.:ChemSusChem,13,3079(2020).
[5]https://www.anl.gov/amd/everbatt
[6]Y.Yao et al.:ACS Sustain. Chem.Eng.,6,13611(2018).
[7]P.Meshram et al.:JOM,68,2613(2016).
[8]D.A.Ferreira et al.:J.Power Sources,187,238(2009).
[9]M.K.Jha et al.:Waste Manage.(Oxford),33,1890(2013).
[10]D.A.Ferreira et al.:J. Power Sources,187,238(2009).
[11]L.Li et al.:J. Power Sources,233, 180(2013).
[12]X.Chen et al.:ACS Sustain.Chem.Eng.,3,3104(2015).
[13]L.Li et al.:ACS Sustain.Chem.Eng.,5,5224(2017).
[14]L.Li et al.:J.Power Sources,282,544(2015).
[15]L.P.He et al.:ACS Sustain.Chem.Eng.,5, 714(2017).
[16]L.Li et al.:J. Hazard. Mater.,176,288(2010).


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